イシノラボ/マスターズ店長の連載

第1弾 日本オーディオ史

第3回 新米エンジニアが見たオーディオの現場

あっという間に2年間が過ぎ、どっかで職を得なければならなくなりました。当時、音響関係の研究をやろうかなと思って、NHK技研を受験しました。見事に落ちました。たまたま山水電気に新卒募集があり、受験しました。社長面接では”年食ってるな!”と一言で何とか入り込むことが出来ました。26才になっていました。ゆくゆくはアンプ関係はやりたいと思っていましたが、アンプをドライブするスピーカーを知らなければ!という気持ちから、スピーカー設計課に加わることが出来ました。自分では家具屋にキャビネットを作らせたて、ユニットを取り付けて3ウエイシステムを持っていたので、大したことないと軽く思っておりました。ところが、メーカーの作るキャビネットはアキバあたりで売っているキャビネットとは大違い、木材は当時一番適していたとされたホモゲン(パーチクル)ボードをしっかりとした組み構造で、接着は高周波乾燥をかけるという強固なキャビネットでした。現在では量産効果を上げる機種は、Vカット構造であっという間に出来上がります。

スピーカーユニットの磁気構造はアルニコマグネットが入りにくくなりつつある頃でフェライトに転換するはじまりでした。山水ではSP100が大ヒットして、勢いずいていました。

トランス、アンプメーカーの山水がなぜ、スピーカーで成功したのかのいったんをお話したいと思います。

その頃の多くのスピーカシステムはオーバーダンピングのSPユニットを採用していました。わたしはパイオニアPW−20Aを買って、低音不足で悩みました。密閉箱に入れればさらに低音が出なくなるし、バスレフにすると今度は低音も出てきますが、音楽にとって、一番重要な中低域がオーバーになるのです。いわゆる胴間声(若い方お分かりですか?)になるのです。SP100ではバスレフポートにパイプを採用したのです。これで、良い具合のバスレフ特性が実現出来てきました。この方式は山水でチューニングしたSP−LE8Tにも採用して、大好評を得ました。SP100の場合、それでももっと低い音がもう少し出たら!という狙いがありました。そこで、何とボイスコイルボビンにアルミリングを入れて振動系を重くして、低音を出すようにしてあるのです。確か15g以上あったと思います。このテクニックはキャビネット容量に制約のあるシステムで低音を出すことでは非常に有効です。

あの大ヒットしたJBL4343系のシステムはウーファにはそのようなテクニックが使われています。その代わり、歯切れは少し悪くなります。低音をとるか、歯切れの良さをとるか、スピーカーではいつもトレードオフの問題に突き当たります。

オーディオは趣味ですから、ユーザーの方がより楽しめれば、メーカーとしてよかった!ことなのです。SP100はそれ以外にコーン紙に黒い顔料を入れない未晒しコーン紙を採用しました。これも他社ではやらない手法でした。それにエッジは布エッジにビスコロイド(液体でべたべたしたもの)で制動して、かつユニット自体のf0を下げています。ミッドレンジはウーファと同じコーン紙を採用しています。注目すべきはツイータです。丁度、松下のスピーカー事業部がマイラー振動板を使用したドームツイータを作って売り込みがありました。素直な音質でしたが、能率がイマイチ、そのうちにショートホーンをつけてきました。これですと94dbくらいの効率です。このユニットが何万台ものSPシステムに採用されて、松下は5HH17というモデル名で単品売りして、また好評を得ました。

そんな経緯を経て、SP100はスピーカーシステムとして体裁が整ってきました。これまでの検討は無響室設備のない貧乏な状態で設計されてきたのです。最後はグリルに組格子をつけようということになり、木曾の建具屋に作ってもらいました。デザイン的にはフレッシュで大成功でした。しかし、手数がかかってどうしようもないので、生産量が爆発的に増えたので、機械化に踏み切りました。しかし、組子の最終組立は手作業でおこないます。

組子のデザインはその後、山水電気埼玉工場ビルの外側が組子デザインで建てられ、名物ビルになりましたが、山水の衰退とともに、ビルは壊され、現在はスーパーストアになっているのは情けないはなしです。

丁度、その頃、山水はJBLの輸入代理権を取得しました。JBLユニットのきれいな作りには本当にびっくり。銘機LE8Tは効率が高くなかったが、フラットレスポンス、ワイドレンジにはさらにびっくりでした。”あのコーン紙に塗ってある白いものは何?”、フォスター、松下、等のユニット会社に聞いても”何でしょうね?!”と言うばかり。JBLは絶対教えてくれない!どうもマイカ系の粉を溶かして吹き付けているらしいというところまでは当時検討しました。各社ともその解明には相当苦労したようです。同じような材料が出来たのはそれから20年以上たってからのことでした。

LE8Tの特長は上記の独自のダンピング材を塗布して、周波数特性のあばれを抑えたこと、ボイスコイルはアルミ線によるエッジワイズ巻きです。これにより1層巻きになるので、ボイスコイルのインダクタンスは極力抑えられ、結果的に高域までパワーが入ることになります。通常のユニットですと、丸ワイヤーを2層巻くので、インダクタンスが大きくなり、高域周波数になるにつれてインピーダンスが上昇するので、高域入力パワーが入らなくなり、ワイドレンジ実現が難しくなります。また、LE8Tのボイスコイル径は50mmとフルレンジにしては大きいので、高域再生には不利に働きます。その対策にはボイスコイルにダイレクトにドーム状アルミ振動板を貼り付けてあります。

振動板の裏側には共振を抑える小さいウレタンゴムを貼り付けてあります。また、磁気回路ギャプには磁束がばらつかないようにヨークに特殊な加工が施されています。エッジは初期はホワイトラバーでしたが、後には、ウレタンエッジになりました。ウレタンエッジが曲者で10年くらいで、水分を吸ったり、紫外線でやられてぼろぼろになります。エッジ交換ではけっこうな費用がかかるのは今なお、困ったことです。

JBL LE8Tはそんなに銘機か?

始めて、LE8Tを聴かされたとき、何としょぼしょぼしたサウンドだと感じました。キャビネットは山水設計で製作は今は無き進工舎でした。ハイエンド出切っていないし、元気も足りない。ハイエンドはLE20のようなツイータをネットワークで組み合わせればこれは納得出来ます。全体のはつらつさの不足はどうにもならない。このあたりを感じる方がいて、MJ誌に1Ωの抵抗をシリーズにつけて聴けば非常に生き生きすると書かれていました。追試してみると、そのとおりでした。要はLE8Tの強力磁気回路だとTRアンプではオーバーダンピングになるという証でした。そのような傾向にかかわらず、LE8Tはかってに評価されて、銘機になりました。

本当にLE8Tを生かす設計はパッシブラジエーター(PR8)をつけてドロンコーン方式にすることです。こうするとすてきなサウンドバランスになります。

現在でもLE8Tはフェライトコア採用のLE8Hとして販売されています。元気はでているけれども今度は澄み切った感じが少し薄れました。そうは言うものの、現在でもかなうユニットはあるかどうか?すごいユニットです。

メーカーはどのようにスピーカの音質を決定するのか?

営業なり、商品企画部門からこのような仕様のもの販売したいと決定され、設計作業が開始されます。ユニット構成、全体のサイズ、コストは設定されますが、音質は他社の対抗製品に負けないことと言うようなあいまいなものです。(どこのメーカーも同じようなものと思います。)

担当設計者はユニット担当、キャビネット担当、全体のシステム設計と3名のチームでやるときもあるし、また、ユニットとシステム設計とを兼ねる場合があります。アプローチはその会社の方向、設計者の資質により変わります。ダイヤトーンではユニット開発があって、それにキャビネットとシステム設計でまとめるというやり方だったように思います。山水では兼ねるやり方でした。と言うのはユニットの供給はユニットメーカーからだったからです。大きく、全体をまとめていくタイプと細部から積み上げていくタイプの設計者がいて、スピーカーはまずは大きな方向をずばっと決めて進行したほうがヒットするものが出来たようです。細部までこだわって苦労したSPはイマイチ売れない機種が多かったように思います。やはり、個性があって、明確な主張があったほうが販売店も勧めやすかったと思います。設計納期が迫ってくると、サウンド調整に明け暮れます。当時は多くは洋楽POPSレコード再生でどうするかを進めて行きます。これで良しと設計者が思ってもそのブランドとして合格かという段階になると、会社により決定権が異なってきます。ある会社は音質評価委員会なるものを作って、合議制としたり、評論家を招いたり、訪問したりして、意見を求めたりすることもやります。また、社内に音質マネージャーなる職種の方がいて、仕上げることもあります。理髪店で仕上げをそこの腕の良いとされている方のが手をいれるのと似ています。

しかし、決定に影響を及ぼす人材のDNAは?、これまでどのような音楽体験・オーディオ体験を持っていたか?ある会社はN響の定期会員になって、定期演奏に設計者を行かせることもあったようですが、おおむね定着しませんでした。また、評論家の方々も一部の方々を除いてはます、コンサートにいくことはなかったです。そうなると、日本人の感性が問われるのです。

次回はこのあたりと、4ch騒動とドルビー方式との関連などをお話したいと思います。ご精読ありがとうございます。


2006年4月16日掲載


この記事は、2005年10月1日に”WestRiver(ウエストリバーアンプ)”のサイトに投稿した記事をベースに書き直したものです。