イシノラボ/マスターズ店長の連載

第1弾 日本オーディオ史

第16回 Dクラスアンプの黎明期にあったこと

Dクラスアンプの概念、基本構成については、けっこう昔から述べられていた。しかし、やってみると、うまくいかず、どこも手詰まりであった。

1970年代の後半、南アフリカから、プロポーズがあった。Dクラスパワーアンプの試作に成功したと。そのエンジニアはアット・ウッドと言い、多分、ユダヤ人だったと思う。高効率のアンプと言えば、当時はフェイズ・リニアを立ち上げた、ボブ・カーバーが新開発の高効率アンプを発表した。この新方式のアンプは電源をオーディオシグナルで変調するもので、効率は80%近くまでいっていた。ご承知のように、アナログアンプは理論的には最大出力時で78.5%と高いが、電源電圧配分ロス、デバイスのロス、回路のロスなどを合算すると、せいぜい効率40%くらいであった。特に、通常聴くレベルの音量では効率は10%くらいとなり、ヒーター電力分を差し引くと、トランジスタアンプであってもそれほど、小型・軽量にならない。むしろパワーデバイスとしてはヒートシンクがいらない分、真空管アンプのほうが軽量化出来そうである。

上述のカーバーブランドのアンプはアメリカではけっこう売れて、レーシーバー、パワーアンプ、業務用パワーアンプとして、一時期、けっこうな勢力を示した。カーバーの業務用アンプは当時、三洋貿易が輸入して、日本でも販売活動を開始した。400W+400Wのようなハイパワーアンプでも重さは10.8kgと超軽量であった。輸入物に弱い、日本のオーディオ界でも、さすがに、その音質で普及に至らなかったようだ。

さて、話を戻すと、アトウッドさんは試作機を携えて、1978年頃、やってきた。早速研究開発部のスタッフが受け皿となり、彼の回路を見せて貰った。試作機も測定・聴かせて貰った。なかなか素晴らしいものがあったようだ。そこで、彼の回路に基づき、研究開発部でも試作して、性能や音質を確認しようということになった。3日程度で試作機は組みあがったと思う。ところが、うまく、NFBがかからない。従って、特性が良くならない。彼の試作機はうまく動作するのである。原因はわからないままにこのイベントは実を結ぶことはなかった。それから、30年近く経って、考えてみると、やはり、バイポーラトランジスタではキャリア蓄積効果で、うまくキャリアが引き抜けなく、Dクラスの基本であるスイッチイングがうまく出来なかったのではないかと推測している。やはり、多数キャリアで動作で動作するMOSFETが出現し、さらにスイッチイング特性が格段に良くなり、内部抵抗が小さくなり、かつ、大電流を取り扱える、いわゆるハイカレントMOSFETがDクラスアンプの実用化を後押しした。ハイカレントMOSFETはもともと、スイッチイング電源やインバーター用として開発されたから、スイッチイング特性が良くないと使えない。

1998年頃から、Dクラスアンプはハイパワー・サブウーファ用アンプとして、採用されるようになってきた。また、TV用のオーディオアンプとして、高効率から採用はどんどん増えている。ハイエンド用のオーディオアンプとしては何とか聴けるところまでは進歩して来たと思う。しかし、最高の音質を実現するには、まだまだである。但し、デバイスの進歩が著しいので、改良して、良くなるのは時間の問題であろう。軽量・小型・高効率は必ずしも趣味性とは一致しないが、そうもいっていられない。

白人が作ったDクラスアンプを評価して、日本人とか東洋人の作品には、評論家の方々の評価が厳しくなるのは、やはり、音楽・オーディオは白人達の文化・文明に対する負い目からか?!クラシックの音楽家のジャンルではかなり、そのような負い目は少なくなってきたようには思えるが、・・・。

なお、上述のアット・ウッド氏は現在はアメリカ在住で、Dクラスアンプの草分け、権威として、活躍、健在である。

測定器の進歩とカタログデータとその意味

真空管アンプから半導体アンプにその主役が代わっても、ひずみの低いアンプを設計することはエンジニアの意欲になっていた。古くは真空管アンプで、リークのポイントワンというモデルがあったが、これは始めてひずみ率0.1%を切った記念碑的なアンプであった。さて、1970年当時、ひずみ率計はHP331Aでフルスケール0.1%、実質0.03%くらいまではデータが信用出来た。これがしばらく、トップグレードのひずみ率計であった。1976年当時には4343と称する(JBL4343にちなんでネーミングしたとの説があった)HPの自動ひずみ率計が各社に導入された。これはフルスケール0.01%で、最後のレンジに秘密があった。このレンジはハイパスフィルターが100KHzとなって、超高域のノイズをカットするので、データが良くなるのであった。この測定器が現れてから、ひずみのカタログデータは0.01%を切るようになった。そのあと、続々とアンプにとって有利なデータが出る測定器が登場する。誤解しないで欲しいのは0.1%のアンプでそのひずみ成分がほとんど高調波ひずみだったら、上記の測定器で測っても同じ値を示す。

最近、デジタルアンプでも、優秀なひずみデータを誇っているように書かれているが、例えば1KHzのひずみを測定して、測定器のハイパスフィルターを20KHzからシャープに落として、測定して0.001%というようなデータはあまり意味がないと思っている。デジタルアンプは高周波でスイッチイングしているので、500KHzくらいのローパスフィルターのひずみ率計で測定すれば、ひずみ(ノイズを含めた→雑音ひずみ率)データはひずみだらけになることになる。

出来れば、50KHzくらいのローパスフィルターで測定すべきである。通常のアナログアンプの雑音ひずみ率測定は100KHzあたりが標準である。

1970年代後半のひずみ率計はHPの4343が各社標準で、これをベースに比較、検討がおこなわれた。1980年代になって、HPで8903Bというデジタル表示のひずみ率計(オーディオアナライザーと呼ぶ、わたしも中古を購入している)が登場して、4343よりもさらに低ひずみの測定が可能となった。この影響を受けて、日本では目黒電波、芝測、パナソニックと続々と低ひずみ測定可能は測定器が発売された。特にパナソニックはHP8903Bより1桁低いひずみが測定出来るものまで作ってしまった。この測定器はやや神経質で取扱を誤ると、故障しやすいところがあった。

上記のような測定器も現在ではメーカーから放出されて中古品として販売されているが、残り少なくなった。わたしは、まずは測定してみて、それに影響されることなく、ヒアリングすべきであると考えている。測定せずに、ヒアリングで素晴らしいとしてから測定したら、発振していたという笑えないこともあるからだ。

現在ではAudioPresion(略してAp)というアナライザーに権威があり、このデータを示すと、皆さん納得するようである。この測定器はパソコンと連動していて、測定条件などはすべてパソコン上でおこなう。一式¥200万くらいと言われている。一応オーディオをまだやっているメーカーでは購入しているようだ。オジサンエンジニアはいちいちパソコンとともに測定するのは、面倒という方が多い。逆に、若いエンジニアは抵抗ないが、データの意味することがキャリア不足で、充分理解出来ないことも多いと聞く。

”それで、ひずみを測定して、どうなんだ!”、”オーディオは聴いてなんぼ!”、”アンプは測定器の奴隷になってはならない!”とか、測定軽視の現状は私としては嘆かわしいと思う。まずは連続信号で測定して、アンプの静的動作は認知しておくことは必要と思う。1970年代ではひずみ低減競争であった。その反動がいまだに続いているのだろうか?

連続サイン波に対するひずみと聴感との関連は、少なくとも綺麗な2次高調波で出る真空管シングルアンプでは、聴感とひずみとの相関は高い。

0.1%以下になってくると、ノイズ成分を除去して、スペクトル分析すれば、ある程度聴感と相関は取れる経験はある。いずれにしても、ひずみの結果に左右されることはないが、最低限、抑えておきたい。医者に行って聴診器と顔色を見て診断されるのは、テスター一丁でアンプを判断することと似ている。レントゲン写真と血液検査くらいはしてと思うなら、ひずみ分析くらいは必要。

しかし、本当に重要な動的状態については、測定条件が多次元で手におえず、音響学会は投げてしまっている。今の風潮はそれぞれの音色を楽しむことに推移している。これで良いのだろうか?しかし、趣味だから、それで良いとも思うし、・・・。

マッティ・オタラとTIMひずみ

オーディオ全盛時、北欧のオーディオ研究者マッティ・オタラがオーディオアンプのあるべき姿について、研究発表して、一時話題になった。彼は1977年頃、来日し、オーディオメーカーを回って、自説を説いていった。彼の研究によれば、NFBを配慮なしにやたらとかけたオーディオアンプはトランジェントシグナルが入力されたときにアンプは瞬間的に気絶して、音質を非常に悪くする。このひずみをトランジェント・インターモジュレーション・ディストーション(頭文字をTIMひずみ)となずけた。当時、低ひずみ競争下で、一方、「低ひずみだからといって、必ずしも音質が良いとは限らない」と指摘され始めていたから、TIMひずみはオーディオ界には受け入れられた。

この解決法としての彼の提案は、音楽再生中、NFBによりアンプはより大きな電流供給を要求されるから、アンプ自体の瞬間電流供給能力に優れた回路・電源であるべと説いた。それが無理なときは、アンプ内に高周波帯域まで入力しないように、ハイカットフィルターを設けて、ナローバンドのアンプにすべきとも言っていた。トランス入力の真空管アンプはナローバンドになるから、TIMひずみは発生しにくいだろう。また、スルーレートの低いOPAMPを採用したアンプはTIMひずみが大きくなるので、音質は悪くなるだろう。これは説得力があった。このことが真実だとすれば、ダイアモンド差動回路はTIMひずみには万全であったと、今でも思う。


2006年7月2日掲載