イシノラボ/マスターズ店長の連載

第1弾 日本オーディオ史

第21回 AU−X1のトラブル

発売が近づく

何分にも大きく、重いので、設計、試作、検討、音質調整、確認など、すごく大変であった。これほど大きく重いのはプリメインアンプでは限界と思った。

しかし、他メーカーがこのあと、大型プリメインアンプを登場させてきたのには驚いた。故、長岡氏がオーディオ誌に”日本の会社は、他の会社がやらないと、やらないし、やって成功すれば追随する。”と。官庁はもっとひどいであろう。前例がないとやらない。やはり、ことなかれが自己防衛としては一番なのであろう。数年前、私はイギリスのオーディオ会社の日本支社にいたので、イギリス本社にいくことがあった。そこで、いろいろと策を提案したが、同じような発想で退かされることが多かった。それよりも、”イエローが何を言うか!音楽・オーディオは俺達の文化だ!、何が分かるのか!?”というような感触もあった。確かに、イギリス人が歌舞伎、邦楽などにいろいろ語っても、本気にしないだろう。儲かれば、言うことはやるであろうが。

そして、イギリス人は不利な何かあったら、亀のように首をすくめて嵐が通り過ぎるを待つそうである。これは言い過ぎかも知れない。

話がそれた。AU−X1は苦労しながらも、段々出来上がってきた。量産試作機の音質テストでは特別に評論家SO氏にお願いして、聴いていただいた。”D907の上を行く!すばらしい!何も言うことないが、強いて言えば、大き過ぎる。”わたしはかなり嬉しくなって、有頂天になって帰社した。さらに、音質に磨きを掛けようと、安定度ぎりぎりまで追い込んだ。品質に関する会議で信頼性担当部署から、”やや安定度に問題あり、”と言われたが、一応合格となった。

初期の大トラブル

量産初ロットも特に問題なかった。ほっと、胸をなでおろした。ところが発売して、3週間くらいして、アンプが壊れてしまうという報告がサービス部から次々と入ってきた。その症状は電源スイッチを入れても音が出ない!ということであった。発生場所は関西、それも販売店ではなく、ユーザーのお宅であった。

わたしはすごく責任を感じた。しかし、落ち着いて考えると、60Hz地域、オーディオ店よりも電源事情が良いユーザー宅(オーディオ店では蛸足配線で電源レギュレーションが良くない。)ということは、電源周波数が60Hzでは、50Hz地域に比べて20%も電源トランスの性能は実質的に良くなる。ということは、電源ONするとラッシュ電流が流れ易い。

電気機器は総じて、電源ON時が飛行機の離陸のように、いきなり、フル動作になるので、アンプでは一番危険な一瞬なのである。

原因はどうも電源ON時の発振らしいという推測が当っているようだ。当時は今のように一瞬の動的なふるまいと捉えられるデジタルオシロなどがなかったから、原因分析は困難を極めた。困っていたところに、ダイアモンド差動回路の開発者のひとりであるTDさんが、協力してくれることになった。TDさんの属している研究開発部は最新の測定器があって、現在のデジタルオシロの原型になるようなニコレー(海外測定器)の波形メモリー分析器があった。

測定してみると、電源ONした瞬間だけ、軽微な発振が何と、パワーアンプ前段のラインアンプに観測されるのであった。この心配は、音質検討時に位相補償のコンデンサの値をぎりぎり小さくしたことを思い出した。仲間のエンジニアが”気をつけたほうが良い!”とアドバイスしてくれたが、その後、品質保証試験で問題なかったからそのままにしていた。しかし、あとで思えば、その時のテストは50Hzの電源でおこなっていたし、このような最新・高性能な測定器ではチェックしていない。

これはわたしの責任だと思った。対策はすぐ、安定になるような値にコンデンサを変えた。しかし、作って、売ってしまったものは治すほかない。このような不良の始末はサービス部が行うことになっており、尻拭いをさせることが忍びなかった。丁度、サービス部のYSさんとは親しかったので、一緒に、多発している大阪に出張した。そこで、ユーザーのお宅に伺って、お詫びし、引き取って、営業所の修理ベンチで修理に励んだ。ダイアモンド差動回路はドライブ能力が強力なので、いったん、異常な信号が入ると、どんどん、短時間に電流が流れ、ダーリントン段以降がすべて、壊れてしまう。

また、Ftが高くなったマルチエミッタ型TRは過渡的な大電流が流れると、マルチエミッタのどこかに電流集中が起きて、破壊しやすいことも分かった。さらに、トランジスタは電源電圧を高くすればするほど、当然、電流容量は減少してくるので、さらに、破壊しやすくなる。このあたりも、ブリッジ接続にすれば、同じ出力でも電源電圧は低くでき、大電流に強くなる。このことは、後年(4年後)のXバランス開発のヒントのひとつにもなったとも思える。

さて、修理はあれこれ悩むより、差動プッシュプルと3段ダーリントン部すべてを交換しさえすれば、治るのであった。しかし、AUーX1はでかく、重く、ボンネットをはずし、ヒートシンクを取り出し、半導体を交換する必要があった。幸いなことに、サービス性が良かったので、助かった。大阪営業所には1週間滞在して、修理に明け暮れた。現地のサービスマンも、東京から出張してやっているを見るに見かねて、懸命に手伝ってくれた。何とか、関西地区の騒ぎは消せた。関東地区でもぼつぼつ出始めており、サービス部に引き上げたAU−X1の修理を手伝うことで30日間くらいは費やした。他の部門の仕事を手伝うと、そこの痛み、大変さが身に染みて、身体で分かったことは私にとっては収穫であった。そのとき、ダイアモンド差動回路採用アンプは軽い電流制限回路をつけないと、まずいかな?と言う考えがよぎった。そのことは後日記述するプロ用アンプを手掛けたときに決定的になった。

結局、オーディオアンプにとって、音質はとても大事なものではあるが、壊れたり、事故ったりしたのでは、どうにもならない。メーカーの責任は、まず、壊れない、事故を起こさないことであることを身にしみて、身体で分からされたことであった。まず、不特定多数、想定外の使用環境で起こる。最近の、パロマガス、松下の温風ヒーター、充電バッテリーの事故などを見る度に、その重大さを痛感させられる。WRアンプとか、私のブランドのアンプはメーカーのような、厳重な信頼性試験はできないから、これまでの経験、実績で危ないことはやらないことと、また、購入してくださる方の様子が分かるように努めている。だから、販売店を通して売ることには積極的にはなれないのである。唯一、サウンドハイツさんには販売していただいているが、必ず、購入者を伺って、いつでもフォローできるようにしている。

安全性を求める大切さとその弊害

近年、オーディオ界は元気がない。”儲からないから、できない!”という言い分もある。しかし、このところ、話題、興味を興すような新技術があまりない。この原因は、今回ご紹介した教訓のような事件も背景にある。一旦トラブルを起こすと、回収やら、無償修理、工場のラインが止まるなど、損害が大きくなる。その責任は開発・設計部署にくる。会社によっては、その損害費用のつけは責任部署が経理的な負担をする。これではその部署の責任者はたまらない。トラブルを起こすな!と部下に言うことになる。それで無くとも多忙な設計者(近年は特に)は、新しいこと、新しい発想を具現化することへの意欲をなくしてしまう。

新技術には必ず、副作用があるからだ。近年では回路方式にとどまらず、回路定数さえ、変えることが難しい場合さえある。変えたら、それで問題ないかどうかを立証することを迫られるからだ。

これでは設計業務は3K仕事になってしまい、段々と工科系の人材がいなくなってしまう恐れがある。現に、アメリカでは量産技術者はあまりいない。今後は中国の方がやる仕事になるのであろうか?憂うところである。

この連載では、まだまだ痛い目にあったことを記す。今となってもほろ苦い思い出である。


2006年12月17日掲載