イシノラボ/マスターズ店長の連載

第1弾 日本オーディオ史

第22回 D907の限定品の商品化

D907でやり残したこと

AU−X1のトラブルも何とか収まった。重くて、でかくて、大変だった。 高額プリメインで、しかも売り出したばかりだったので、台数が少いのは助かった。販売店での不具合は意外と少なかった。販売店は蛸足配線なので、電源レギュレーションが良くないのが幸いした。

そうこうしているうちに、1979年も半ばを過ぎて、D907も発売2年目を迎えた。今なら、別になんてことないが、当時は毎年新製品が出るほど、オーディオはホットであった。

何か話題になること、D907でやり残したことがないかと、考えてみた。グランドラインにリップル分のような汚い成分が流れたりすることや電磁波ノイズに関して、電気的にも、音質的にも、シャーシは非鉄化したほうが良い方向になることはある程度想定できた。アメリカ製プロ用アンプではアルミシャーシを採用しているところもあった。アルミシャーシのアンプはアルミのような音質(抽象的で申し訳ないが)で、これも納得いかなかった。そこで、銅で試作を作って貰った。これが自然で、とても良いのである。早速、銅を採用したいと機構設計者のリーダーのYHさんに相談した。即座に、”何をバカなことを言う!コスト意識がまるでない!”と言われてしまった。しかし、YHさんは思い直して、”シャーシに銅メッキをかけることは出来るぞ!”と言ってくれた。銅はイオン化傾向から、メッキに際して、必ず下地に用いられる。”それでは銅メッキシャーシの試作をお願いします!”と頼んだ。

しばらくして、銅メッキしたD907のシャーシが出来てきた。外観は指紋などの汚れが付きやすく、そのままでは製品化できそうもなかった。ともかく、工場でD907をこのシャーシを使って組み立ててもらった。

聴いてみて、確かにパワフルな中にスムーズさがとても良く出て、D907であまり言われたことがないエレガントさが出てきたように感じた。

関係者にいろいろ聴いて貰った。大変、評判が良い。このまま、検討で終ってしまっては、もったいない!D907はまだ発売して、それほど、日は経っていないし。あれこれ、考えた末に、限定バージョンで発売したらどうであろうか?ということになった。限定とは、一体何か?という質問も社内であった。一応、生産台数を限定しようということになった。

外観やコスメテックをどうしようかと思案していたところ、丁度ベルギーの販社から帰ってきたTMさんが、我々のチームに加わった。彼が、”これからはウッドキャビですよ!部屋に馴染むし、マッキンもそうすると、価値感を増している!”と、意見を言ってくれた。なるほど、D907は内部にシールドケースで各部をシールドしてあるので、別にボンネットがウッドになっても、心配はなかったのであった。

607/707以来のデザイナーOさんは、早速デザイン図を描いてくれた。これがなかなかキュートだった。上司に見せた評価もエクセレントであった。すぐ、試作ボンネットを作ることになった。

モデル名はどうするか?AU−D907Limitedの登場

モデル名は誰ともなく、上記のように言い出し、決まった。さて、マーケットにどのように登場させるかを宣伝部とミーテングした。結論として、D907Limitedも新聞みたいなものを作って、販売店に頒布したり、そのコピーをオーディオ誌に載せよう、ということを宣伝部が提案した。ただ、ハード的なアプローチであると、オーディオマニアといえど、飽きるので、人間的な部分で迫りたかった。宣伝部長だったMTさんは、”タレントを起用しよう!”と言い出した。それほど、予算もないし、どなたになるかと気をもんでいたら、高島忠夫さんの起用が決まった。

MTさんと私は一緒に高島忠夫氏宅に伺った。勿論、アンプを持参した。応接間に通され、奥さんの寿美花代さんがコーヒーを入れてくれた。現在では独り立ちした息子さん達はまだ小学生のやや太めのボーヤであった。奥さんは”息子達は太り気味で困った”などとおっしゃっていた。高島忠夫氏は元ドラマー出身の俳優であったから、音楽に詳しく、オーディオにもそれなりに応答してくれた。いろいろとコメントを発して貰い、何とか、宣伝新聞の内容を埋めるだけのコメントは取れた。取材を終ったところで、高島忠夫氏は”ボクがCMに出た日本熱学(株)は倒産してしまったけど、あなたの会社は大丈夫だよね!”とぽつりといわれた。心外だと思った。しかし、その後20数年経って、サンスイは国内販売を停止し、株価は¥25〜26とボトム値をさまよっている。高島忠夫氏のその言葉はその25年後、現実になっていた。

訴求ポイントは、グランドラインのクリーン化であった。銅メッキシャーシが見えるかたちであるので、分かってもらうのは簡単であった。

発売後の反響

この限定品の電気的内容はAU−D907と同じ、100W+100W(8Ω)であった。定価は¥175,000と、D907の¥142,000と比べ、¥33,000のアップであった。 

発売後の反応はすごかった。初ロットは確か、1000台くらいであったと記憶しているが、あっと言う間に売れてしまい、次の生産がせかされた。

また、他のメーカーも、銅メッキのコンセプトには納得したらしく、次々と採用機種が出てきた。いまだに、銅メッキシャーシを施したアンプ、CDプレーヤーは見かける。

試作は銅メッキの仕上がりが悪かったが、メッキ屋さん、シャーシ屋さんとの連携がとれて、埃がつかないようにして、最終工程もクリアーラッカー塗装がきれいにいくようになった。わたしも1台欲しかったが、とても買うわけにはいかなかった。

6ヶ月で3000台を売り切ってしまい、アンコールをどうすべきかが問題となった。限定モデルは作りすぎて、たぶつくと、その価値が無くなる。ユーザーの方に申し訳なく、適切なところで完了すべきであった。結局、5000台で生産は完了。お店も展示品を売り切って、市中在庫もなくなった。次の機種は当然、銅メッキシャーシを継続することが約束されたようなものだった。

サンスイのアメリカ向けプロ用アンプの開発と発売を、皆さん、ご存知ですか?

第23回で、その話を記そう。結末は悲惨な結果に終った。わたしの独りよがり、調子に乗った軽率さがいけなかった。

AU−D907Limited AU−D907Limited

AU−D907Limited  au-607.com様に特別に掲載許可をいただきました。


2006年12月29日掲載