イシノラボ/マスターズ店長の連載

第1弾 日本オーディオ史

第27回 スーパー・フィードフォワード搭載アンプの商品化

コストダウンの努力

次期プリメインアンプの新回路として、スーパー・フィードフォワード方式を搭載することになった。これまでのD(ダイアモンド差動回路)シリーズのアンプはいずれも、重く、また、内部までの見栄えも考慮したので、製造原価が計画より大幅にアップして、採算が良くなかった。しかし、シェアはトップグループであったので、会社、とりわけ、国内販売部門は許容してくれていた。当時はJBLが飛ぶように売れていたので、そちらで利益を取って、帳尻を合せている格好であった。

やはり、ビジネスであるから、利益率を少しでも改善しつつ、売上・シェアも落とさないように、モデルチェンジしなければならなかった。

幸い、スーパー・フィードフォワード回路は、コストを抑えることが可能な部品構成で実現できそうであった。コストダウン会議が何度も開かれ、1円単位で、原価検討に入った。機構技術リーダーからは、重く、アルミ材料を使うヒートシンクはやめよう、という提案があった。

それではどうするのか?というと、新開発のヒートパイプがあるという。ヒートパイプというものは最近、パソコンの水冷システムに使われているが、1980年当時は、聞きなれない言葉であったし、先進の響きがあった。どういうものかというと、熱発生するところから、パイプ内の液体を媒体に、熱を移動することができるものであった。パワートランジスタ取付板に、ヒートパイプが収まるようにして、片方の端付近のヒートパイプに放熱板を取り付けることによって、パワートランジスタとヒートシンクとの距離を離すことができ、放熱板は薄いアルミ板で済ますことができた。

それでは試作品で実験しようということになった。パワーアンプ部分を急遽作って、さあ、聴こうということになった。電源ONして、音楽が鳴り始めると、何とお湯の沸く音が聴こえるではないか!一同、“これは何!?”と大騒ぎになった。ヒートパイプメーカーに問い合わせると、内部の液体が対流する音であるという。“これじゃ、使い物にならない!”と私は判断した。ところが、機構設計者のリーダー、Y氏は何とか採用したいとの執念が強く、ヒートパイプからこのノイズを取り除け!というリクエストをヒートパイプメーカーに命じて、採用却下を待ってくれという。確かに、従来のアルミヒートシンクに比べ、コストメリットがあるので、検討の価値があった。

2週間程して、改良ヒートシンクができあがってきた。早速、従来品と交換して再実験をおこなった。結果は良好であった。どのように改良したのか?それはパイプ内に消音材を入れたという。その代りに、熱伝達速度は遅くなるが、オーディオアンプの温度上昇には時間的遅れは許せるので、問題はなかった。これでパワーアンプのヒートパイプ採用が決まった。当時、ヒートパイプメーカーはオーディオ各社に売り込み、同業他社ではラックスが採用した。

次に、コストダウンする材料を探した。ブロックダイグラムを眺めるとトーンコントロール回路、フラットアンプ回路が結構お金がかかっていた。そこで、思い切って、フラットアンプを削除して、ライン入力はパワーアンプにダイレクトにつながることを提案した。トーンコントロールは増幅度なしの回路とし、シンプルにできるはずであった。それでも、パワーアンプダイレクト方式は、従来のままの入力感度では、その分、NFBが浅くなるので、ひずみスペック維持に無理があった。そこで、入力感度を150mVから250mVにして、ひずみスペックのカバーを図った。これで、かなりのコストダウンができそうだった。

新型ブロックケミコンの採用の是非

上記の構成で、試作品の検討は始まっていた。サウンドの品位はなかなか良かった。

コストのかかるブロックケミコンに、何を採用するかが問題になった。かっては、ブロックケミコンで音質が変わるというようなことをいう人はいなかったので、2ブランドのケミコンを承認することが行われていた。

AU―607シリーズから、ケミコンのブランド、仕様をカスタム品とすることを決めた。このシリーズはニチコンであった。AU―X1ではエルナーのカスタム品であった。

スーパー・フィードフォワードのシリーズもニチコン、エルナー、ニッケミの3社のどれかを選定して、カスタム品を依頼し、何回かのヒアリングを重ねて、仕様を決定していった。

今回はどうしようかと思案している時に、新しいメーカーから強力な売り込みがあった。日立コンデンサであった。日立は超大型電機メーカーであるから、何でもやっていることは知っていた。日立は工業用の分野で生産・販売していた。

試作品を作るから仕様を教えてくれという。むげに断るわけにもいかず、仕様を教えた。10日間程で、試作品を作ってきた。試作品に組み込んで聴いてみると、上記3社とは違うフレッシュなサウンドであった。早速、資材部門に採用できるかを聞いてみた。資材部門は、日立コンデンサはオーディオ用の実績がないから無理だし、品質的にも危ないという。そこで、品質保証部門の同行の元、日立コンデンサの工場見学に行った。当時は、東海道線の戸塚駅近くの、日立事業所の一角にあった。

日立コンデンサの工場は老朽社屋を改造したらしく、ニチコン、ニッケミのような大規模、近代的工場とはかなりの格差があった。私は少しがっかりした。しかし、日立コンデンサの担当エンジニアはまだ若く、オーディオが大好きで、情熱一杯の好青年であった。話してみると、何でも要望は取り入れて、良いモノを作ると語る。そうはいっても、天下の日立であるからそうはいかないだろうと思った。コンデンサの責任者に会うと、青年と同じようにいった。コスト面もかなり考慮するという。品質面も工業用で実績があるので、心配ないという。半信半疑で帰社した。

これから先は、次回のお楽しみにしてください!


2007年7月6日掲載