イシノラボ/マスターズ店長の連載

第1弾 日本オーディオ史

第31回 新電源回路“グランド・フローテング”回路の誕生

MCトランス搭載の波及

MCトランスをプリメインアンプに内蔵させることは、当時も、今振り返ってみても成功したと思っている。このあと、各メーカーはMCヘッドアンプのことをあまり訴求しなくなった。MCカートリッジは大電流、微少電圧の変換器であるから、何といっても、MCカートリッジにはトランスが最もマッチする。それから、ずっと、MCトランスはMCカートリッジの必需品になったが、最近の高価格には驚くやら、呆れるやら、である。皆さんが、再度アナログレコードにチャレンジして、MCトランスのニーズが増えれば、良品が買いやすい価格で発売されるようになるであろう。バカ高いMCカートリッジも一部のブランドだけになることを願っている。いくら何でも高級CDプレーヤーより高額であることは納得できない。1970年代、サンスイが当時のSUPEXにMCカートリッジを1万個程度オーダーしたときは、その価格は¥1,500程度だったと思う。

新アンプ電源回路のきっかけ

そうした感慨はそれとして、1881年の秋、上司が突然、現状のプリメインアンプ、それもAU―D607F/EXTRAを貸して欲しいと言ってきた。どうしてそのようなことを言い出したのかを尋ねると、“今のアンプは、オーディオ的なサウンドとしては良いかも知れないが、音楽的観点で聴いてみると、やや音楽の流れがきつい、音楽的快感が今一歩!“と言われた。あまり、面白くない言われ方であった。

上司は、父上がギタリスト、弟さんが作曲家、いとこがジャズ歌手というDNAの持ち主であった。わたしと言えば、祖父(41歳で早死)はコンサートホール専任ピアノ調律師であったし、父母も音楽好きで、小さいときから、蓄音機が周りにあった。けれども、上司の音楽的センスは並みのものではなかった。数日して、工場から、アンプが届き、上司に預けた。上司は、“このアンプ、いろいろ改造しても良いか?“と言うので、OKといわざる得ず、上司はアンプを自宅に持ち帰った。しばらくして、上司から、アンプ開発メンバーを自宅に連れてこい!と言うので、確か、私を含めて4名(開発リーダーTa・Sさん、大活躍中T・Suさんも含まれていた)で上司のお宅を訪問した。上司のスピーカーはJBLのMinuet75だったと思う。上司は“それでは聴いてみてくれ!”と言って、内容を明かさず、我々に聴かせた。そのサウンドは現状のFシリーズよりもはずんで聴こえた。“これが音楽なんだ!”と上司は力説した。さらに、“音楽は呼吸する生き物なんだ!”とも言った。“君達、エンジニアは、音楽を機械的に、音楽の真髄を認識せず聴いていないか?”とも続けた。我々は、その意味を理解することよりも、アンプをどのように改造したかに興味があったし心配でもあった。“分かりました!改造内容を教えて下さい!”と我々は言った。それではと言って、上司は改造内容をアンプ見せながら、話し出した。

  1. まず、電源トランス2次側の整流用センタータップを切断した。
  2. 電源のグランド中点を数オームの抵抗でシャーシに設置して、アンプのNFBサミングポイントに一応合わせた。
ハーフブリッジSEPP回路の基本は、「プラス側電源〜中点アースとの電流ループで、プラス側入力信号の増幅用に使われるはず」、「中点アース〜マイナス側電源との電流ループで、マイナス側入力信号の増幅用に使われるはず」である。これは現在でも基本動作である。そのような基本原理に慣れていた我々はとても満足な動作がするはずがないと思ったし、実験しようとも思わなかった。しかし、現実に、音楽的なサウンドがそこにあるのであった。仕方なく、それは認めるとして、副作用がないかと、チェックした。
  1. L/R2電源方式でないと、ループが生じて、出力からハムノイズが発生する。
  2. 出力のDCドリフトが大きく(±100mVを超える)なって、スピーカーの動作にDCバイアスを与えてしまう。

製品にこの技術を採用しようとすると、そのような問題点が浮かびあがってきた。

AU―D607GEXTRA、AU−D707GEXTRA、AU―907GEXTERAの誕生と、Xバランス回路のいぶき

今から振り返ってみると、当時はオーディオがブームであったゆえに、上司の言うように、オーディオ的な刺激を求めて、それが売れる時代でもあった。我々、開発チームは行き過ぎて、オーディオ底なし沼に入り込む、入口に立っているのかも知れなかった。さっそく、上司の提案を製品に反映すべき方策を考え始めた。

  1. グランドインピーダンスを低く、強固にすると、かえって、グランドに流れる汚染された信号が混入するかも知れない。
  2. 電源トランスの中点タップに流れる電流は整流リップル電流とスピーカを動かすオーディオ信号とが混在して、ともすれば、汚いサウンドになる。

そのような、仮説を立てると、これまでやってきた銅メッキシャーシも上記の内容を改善しようとした方策だったかも知れない。 開発チームのT・Suさんが中心となって、グランド周辺の問題を解析して、電源回路に工夫を加えた試作アンプを我々に聴かせた。確かに、弾むような、鮮やかなサウンドがそこに展開した。その内容は、L/R2電源回路としたこと、電源トランス中点に流れる汚染電流を抑制するために10Ωの抵抗をシリーズに挿入したこと、らに、電源の0V中点を10Ωの抵抗を介してシャーシに接地すること。けれども、アンプの増幅基準ポイントのアンプ入力付近にあるNFB基準のサミングポイントと電源中点とは0Ωで結ばれている。副作用は特になく、コストアップも抵抗が4本増すこととそのための工数増加であった。 確認のため、上司宅でも聴いて貰って、OKを貰った。せっかくであるから、新製品にすべきと考え、理論武装が欲しかった。改善回路を構築したT.Suさんが中心となって、理論的に解析し、この新電源回路を“グランド・フローテング”回路とネーミングした。勿論、ラジオ技術、MJなどのオーディオ誌には関連記事を書いて掲載して貰った。新製品ネーミングはAU―D607GEXTRA、AU−D707GEXTRA、AU―907GEXTERAとした。

このシリーズはいわばスーパーフィードフォワードの集大成であると感じていた。すなわち、この回路にこだわっている以上、これ以上の発展はないと思うようになった。そうして、ここから抜本的なイノヴェーションをするには、“グランドに影響されない回路が必要だ!”とおぼろげながら想い始めた。わたしの頭のなかに少しづつ、回路アイディアが浮かんできた。それが次のXバランス回路に到達するきっかけになったと今でも思っている。


2008年 3月28日掲載