イシノラボ/マスターズ店長の連載

第1弾 日本オーディオ史

第34回 バランスアンプ開発のきっかけとスタート

新回路はバランスアンプで!

スーパー・フィードフォワード回路のFシリーズプリメインアンプの売れ行きはまずまずであったが、そろそろ、新回路を開発しないと、先行き、ジリ貧になると思い始めていた。いろいろ、思い巡らしていたが、たまたま、上司と昼飯を食べに行ったとき、食事しながら、次は、どうしようか、という話題になった。わたしは、ぼやっと、“次はバランスアンプですよ!”と言ってしまった。上司はしばらく考えて、“バランスなんて、古い!”と言われてしまった。おそらく、上司はかっての放送局やプロ業界のトランス伝送による600Ωラインを連想したに違いない。話はそこで終わって、あとは黙々と飯をたべていた。それから、私はいろいろなアンプ回路図をぼんやり眺めていた。

一般的に、当時のパワーアンプ回路の初段は、差動回路で構成、それを、さらに、差動増幅して、2段目の差動増幅回路の片方の出力を取り出し、そこで、バイアス電圧を作り出し、ダーリントン段でコンプリメンタリー出力段となっていた。いわゆる2段差動増幅回路で、多くのパワーアンプ回路のスタンダードとされている。サンスイの回路は、2段差動出力から、差動プッシュプル回路として、3段増幅し、そこから、バイアス回路を作っていて、そのあとは同じであった。スーパーフィードフォワードは、出力段で、フィードフォワード効果を出せるように、エラーコレクションアンプとサミングされていた。

思い巡らす目はダイアモンド差動回路部分を注視してした。この回路は差動回路を上下2段重ねにしたようなもので、通常では、2組の差動回路として動作して、大入力が入ると、上下方向にトランジスタがONして、電流制限がない大電流対応増幅回路である。従って、スルーレートは限りなく大きく出来る性能であった。従って、この回路を搭載したアンプのスルーレートは200V/μSを軽く超えてしまう。それはそれとして、2組の差動回路があると言うことは、バランス出力が2組あるということになる。これまでのサンスイアンプはこの差動出力を片方だけ使ってアンプを構成していた。使っていないもう1組の差動(バランス)出力を使って、もう1組のパワーステージを造れば、出力は2組となり、スピーカを+、−の両方からドライブできることになる。

“Gサーキット開発”プロジェクト始動

原理的にはできるはずと考えて、何とか具体化回路への開発を会社として、動かしたかった。そこで、また、上司に上記のことを話し、開発技術関係者の招集を許可してくれた。そこで、このプロジェクトを“Gサーキット開発”とネーミングして、技術研究所、アンプ技術部から、有能なスタッフが参加してくれるようになったが、多くのメンバーが集まると異論、副作用の話が出て、ベクトルが揃わなくなると開発意欲がそがれるので、私を入れて3名に絞った。

さて、技術的には、いろいろ問題がありそうであった。まず、全段直結半導体アンプの場合、出力電位はZEROにキープしなければ、スピーカの動作点がずれてしまう。当然、NFB効果で、出力ポイントのZERO電位をキープするのだが、2組のパワー段をZERO電位にキープするには、2組のNFBをクロスにかけないとできない。そうなると、通常のアンプのように、差動入力の片側をグランドアースするだけでは収まらない。わたしは、考えている回路ブロックをホワイトボードに書いてみた。具体的には図に示すが、もう1組のNFBを入力に戻す、すなわち、バランス反転アンプの形式アンプと呼べるようなアンプになる。これは、当時、他社にないアンプ形式であった。

具体回路は、ダイモンド差動回路の2組の差動出力を2組の差動プッシュップルに送り込み、そのあと、ダーリントン段のパワーステージを作る。フィードバックはクロスに、初段差動入力に戻す。いとも簡単に出来そうであった。ところが、同席のプロジェクトスタッフは、そう簡単にはできないという。

3段目の差動プッシュプルのゲインが大きい(40dB以上)から、この部分のDCドリフトを押さえなければ、アンプ出力に直流が発生してしまう。NFBでゼロ電位に抑えようとしても収まるものでもないと言う。そのDCドリフトも、アンプのバランス出力間だけでなく、対アース間のDCドリフトもある程度管理しないといけない。確かに、そのとおりであった。バランス出力間のDCドリフトは、初段が共通回路で構成されるので、従来のように調整すればDCアンプとして、動作するはずあるが、対アース間電圧は、3段目の差動プッシュプルのゲイン(DC領域も含め)が46dB以上のオープンループゲインがあるので、クロスNFBだけで、調整することが難しそうであった。

もうひとつの心配は、お店のアンプ切換BOXである。お客様のご希望に応えて使うことが少なくなったとはいえ、グランド(アース)が共通であると、バランスアンプのマイナス(コールド)側が壊れてしまう危険があった。また、プリアンプ部の出力はアンバランス出力であるから、プリメインアンプとしては、アンバランス入力でも、出力はバランス出力である必要があった。

このような、問題があって、すぐにはまとまらず、プロジェクトメンバーは持ち帰り、検討することになった。

わたしは、スピーカ設計、トランス設計の視点から、バランスアンプのメリットを考えてみた。スピーカ端子には本来、極性がないから、端子の両側から、スピーカをドライブしたほうが、強力なドライブになるし、スピーカから発生する逆起電力をも吸収できると考えていた。この予測は、このときから、20年後、Dクラス(デジタル)アンプの設計において、バランス(ブリッジ)でスピーカをドライブしないと、特に、低い周波数では、Dクラスアンプのローパスフィルターのインダクタ、及びスピーカからの逆起電力で、アンプにその電流が逆流して(電車の回生ブレーキ発電作用で、発電所に電流を返すような現象に似ている)、Dクラスアンプの電源電圧が上昇して、動作が不安定に、またはMOSFETが耐圧破壊するトラブル、(ロー・フレキュエンシー・ポンピングと命名されている。)を起こすことがDクラスアンプ設計参考書に必ず説明されているようになった。要は、バランス(ブリッジ)でスピーカをドライブすると理想に近い動作になるということである。

次に、電源回路について、具体的にアンプの電源回路で通常のアンプとバランスブリッジアンプとの電流の流れを書いてみると、はっきりする。通常のSEPPアンプでは、+側の電流は、上側のパワーデバイスを通って、スピーカユニットに流れ、その後、グランドに到達し、そして、電源トランスの中点を通して、戻ってくる。次に、マイナス側から、電流が流れ、スピーカユニットを反対側に動かし、やはり、グランドに到達し、同じように電源トランスの中点に戻ってくる。このように、電源トランスは、中点を通じて半分づつ、電流が流れ、常時、半分、遊んでいることになる。そして、それが切り替わるごとに、電源中点に電流の流れが切り替わり、それにスピーカからの逆起電力は加われと混乱する。混乱するということは、音質上、悪化することになると推測しても間違っていないと思う。そのような混乱現象を避けるために、サンスイではグランドフローティング回路で、出来るだけ、防止することで、製品化していた。当時、オンキョーのアンプも確か、デルタ電源回路と称して、同じコンセプトで、電源トランス中点の悪現象を避けていたと記憶している。


最初に考えたバランスアンプのブロックダイアグラム
最初に考えたバランスアンプのブロックダイアグラム


2008年 9月21日掲載