イシノラボ/マスターズ店長の連載

第1弾 日本オーディオ史

第37回 Xバランス回路搭載プリメインアンプの製品化

Xシリーズ・プリメインアンプの構造

山水の看板アンプであるAU−607,707,907クラス3機種すべてにXバランス回路を搭載することは、担当役員・上司が認めてくれたので、ある意味、嬉しかったが、原価においては頭が痛いことであった。要は、1台のステレオアンプに4台分のパワーアンプを載せるようなことであるから、電気材料費がかさむことは必至であった。

1980年代初頭、会社は工場の組立時間工数の高価さに苦しんでいた。このことは今、振り返って見ても、大変な賃率であった。当時、中国生産などは思いも寄らなかった時代であった。

また、開発費も、日本のオーディオ各社は苦しんでいた。シャーシの金型費・ヒートシンクの金型費・プリント基板の金型費・梱包関係の金型費・シルク版代など、1機種当たり1000万は軽く超えていた。それが、ここ10数年来、中国に依頼することによって、半額以下になっている。その結果として、日本からは金型屋さん・プリント基板屋さん・シャーシ工場はかなり姿を消している。

この傾向は現在も採算を重視すれば、海外生産シフトの流れは止まらない。そうなると、日本の生きていく道は年配者の貯蓄を取り崩して、介護に使って、しばらくの間、耐えていくしかないように、暗くなってしまう。そのような中に日本の崩壊を止めて、日本の生きる新しいビジネスを若い方に探っていただきたい。従来の価値感の老人達ではあたらしい発想がおこらない。このことは、アメリカはもっと、深刻であろう。

話がひどくずれてしまっって申し訳ありません。

何としても、原価のアップを食い止める必要があったし、一方、チープなアンプでは、オーディオ趣味というなかで、オーディオファイルの支持を失ってしまう恐れもあった。

アンプの音質を支える要素は、回路・部品・構造であることは、皆さんも納得いただけると思う。まず、回路は、新開発のXバランス回路で、これはある程度、自信があった。電源回路もフローテング電源方式で、これもこれまでにない音質をサポートする要素であった。問題は、どのような構造を採用するかであった。

構造問題は当時の機構設計チームがずっと取り組んでいたテーマであった。電気屋のわたしとしては、あまり徹底してやって欲しくない問題でもあったが、原価低減のためには仕方がなかった。

  1. プリント基板を多用し配線を減らすことで、材料費・組立工数を減らせることはわかっていたが、機構設計チームはそれを徹底した。具体的には、マザー(母)基板を作り、そのうえに、ドーター(娘)基板を回路基板とする方式であった。ドーター基板は、マザー基板にはコネクタを使わず、マザー基板にハンダ付けする方法であった。勿論、この作業は自動ハンダ槽で行い自動化する。以前はコネクタでおこなう方法を採用したことがあったが、モレックス社のコネクタが接触不良を起こし、オーディオ各社がひどい目にあったので、この方式には反対意見はなかった。しかし、コンポのアンプには、何となく重厚感は薄れると思った。この方法で材料費・組立工数は大幅に削減できたので、AU−607クラスには朗報であった。
  2. 次は、シャーシ全体の構造であった。普通はベースシャーシがあり、その前後にフロント・リアのシャーシが付き、まわりをボンネットで包み、あと、底板を付ければできあがり、という構造であった。(これは今でも基本的な考えである。)このチームの考えたことはベースシャーシを削除して、サイドウッドで、前後の強度をとる方式である。サイドウッド採用は、アンプ全体の価値感を上げ、下げることにはならなかった。ボンネットはアンプ上面を覆うだけのシンプルなものとなった。いわば、車のモノコック方式みたいなもので、アンプが組みあがると強度が取れる方式であった。組立に使用するビスの数も、従来の半分以下で組み上がるようになった。このような工夫で、コストの厳しいAU−607クラスのアンプでも、何とか売れ筋価格帯をキープできるような原価となってきた。

フロントパネルデザインはAU−607以来、担当してきたOさん(現在、マスターズのキーとなる新アンプのデザインを引き受けてくれている。)がシンプルながら、落ち着いた雰囲気のフロントマスクをデザインしてくれた。

さて、採用する部品については、まず重要となるのは電源トランスである。大型の907クラスとなると、EI型よりも、トロイダルトランスのほうがケースに入っても割安であったし、かなりのリクエストに応えてくれるトランスメーカーに依頼できた。607,707クラスはトロイダルトランスを採用できず、EIトランスとなったが、フローテング電源を採用したので巻線仕様がシンプルとなり、原価は少し安くなった。トランスは山水トランスを委託製造していた橋本電気が主力となっていた。

次に、電源回路部品で重要なのはブロックケミコンである。Xバランス回路の場合、1個のケミコンで構成されるが、1本ではかっこうがつかないので、L/R2巻線による2電源構成として、2個を基本とした。上位機種の907では、2本では少なく感じるし、より強力にと2本をパラレル接続として4本構成とした。ブリッジ構成になるので、1本で2本分の働きをすることになる。普通のアンプのようにトランスセンタータップに整流半サイクルごとの電流の向きが変わるような現象もなく、整流された電流はプラスからマイナス電源にスムーズに流れる電流となる。

ケミコンメーカーさんはいろいろ工夫してくれた。ケミコンはどうしても高周波帯域では性能に限界があるので、それを補おうといろいろ工夫をしてくるわけである。日立・日コン・ニッケミから提出された候補をヒアリングし、パラレル仕様の場合は組み合わせの決定などの作業があった。

正直いって、これまでのアンプでは、電源ケミコンの質とかタチとかが気になって、いろいろヒアリング検討していたが、Xバランス回路ではそれほどケミコンの差異は感じなくなってきた。従って、オーディオアンプにおいて、部品の差異によって相当音質が変わるとしたら、そのアンプは何か改良点があるのではないかと思った。それでも、もし仮にケミコンに代わって、フィルムコンで電源整流回路を構成できたら、かなりピュアなサウンドになると、そのときも思っていた。

また、ケミコンの不備を補うフィルムコンは、一時のフィルムコン騒ぎ(その前に、ラムダコンとか、VXコンとかいろいろオーディオ用に作られた)が落ち着いて、定評あるものに収束していった。

この頃、CDが登場して、これからCDがオーディオソフト全盛になることは容易に予測できた。けれども、その頃のCDソフトはCDプレーヤーの責任もあるが、ひどく甲高いサウンドであったので、上司はCDにはあまり興味がなさそうであった。サンスイはCDプレーヤーの商品化はどちらかと言えば、後発グループとなった。少し話がそれるが、その頃のオーディオ界は、ほとんどCDに流れが傾いていた。オーディオ評論家のほとんどはCD派になった。アナログ派は一部(1〜2人)の評論家であった。その方も実際録音してCDにしてみたが、あまりおいしくないサウンドであった。

Xシリーズプリメインアンプの発売と次の製品化

このシリーズAU−D907X,D707X,607Xの発売は1984年であった。3機種の登場はほぼ半年以内で済ますことができた。評判は良かった。しかし、これまでのサウンド傾向とはかなり異なってきたと思う。それは、まずアンプがバランス動作で、しかもインバート増幅回路で動作しているのである。さらに、パワーステージはブリッジ動作であったし、電源回路はこれまでのようにトランス中点に電流が半サイクルごとに切り替わることなく、プラスからマイナス電源にスムーズに流れる方式で、しかもグランドからフローテングしているので、グランドに整流したリップルが混入することは無かった。

Xバランス回路で非常に大きく変身したといえよう。わたしは、“、Xバランス回路は、これからいろいろと検討し、改良点を加えれば、今後長期間使えるな!”と感じていた。そこで、プリメインアンプは、しばらくXシリーズで行くことにして、次は、懸案のセパレートアンプを製品化することを考えていた。

月日は流れ、サンスイの607シリーズアンプは1999年には終焉したが、1984年から15年間もXバランスが採用され続けたことは自分自身、ありがたいことだと思っている。関係者の方達に、今でもいつも感謝の念は忘れたことがない。


2009年 7月 4日掲載