アンプブランドとしてのサンスイの主力はプリメインであった。しかしそのことには、アンプの仕事を始めた頃から、“それで良いのか?”という気持ちがあった。それが、海外向けプロ用アンプの開発・製品化の大失敗でトラウマになっていた。
AU−607,707は、アメリカでもアメリカサンスイの社長(前エーベックス社長)の尽力でかなりの台数を販売してくれた。しかし、海外はレシーバとセパレートアンプが主力で、プリメインアンプは傍流でしかなかった。この傾向は今でもそうだ。
今度のXバランス回路で、セパレートアンプ、とりわけ、パワーアンプの商品化を目指したい気持ちを抑え切れなかった。ビジネス的にみると、このジャンルはアキュフェーズが当時もトップの評価を得ていた。“プリメインアンプのサンスイが何をだすのか?”といっても対して話題になりそうもない、というような予測もあった。また、高級セパレートアンプは売れる台数もしれているし、また、海外ブランドとも競合することになる。
サンスイとして、パワーアンプはBA−2000,3000,5000シリーズが、かなり以前にディスコンになっていた。したがって、開発はゼロからスタートせざるを得なかった。
セパレートアンプの開発は、看板アンプの607シリーズに比べて開発が難航することが予想された。まず、売上金額がどの程度まで見込めるか?ライフは長期間維持できるのか?MKII化の計画までできているか?パワーアンプとペアになるべきプリアンプはどうなっているか?そして、開発経費はどの程度予算化できるのか?また、その機種を直接担当するエンジニアのマンパワーは充当できるか?そして、工業デザインは?また、パワーアンプの機構的構造はどうあるべきか?等々・・・問題がいっぱいあった。
Xバランス回路は、スピーカをバランス方式でスピーカ端子の両側からプッシュプルでドライブするので、やっと自信を持ってパワーアンプを製品化する意味ができてきたと思うようになってきた。
まず、難関は開発費、とりわけ金型費の捻出であった。ご承知のように、量産するには金型を作らないと合理的に安く作れない。したがって、高価な海外製アンプは金型を作らず、素材を加工して作ることがおこなわれている。いわば、一品生産である。今度のサンスイのパワーアンプも、ある程度このような一品生産的に作り、金型費をセーブして製品開発の承認を得る作戦にすべきと思った。当時、通常のやり方だと1機種¥2,000万はかかってしまう。
そこで、事前の検討において、工業デザインを担当するであろうO氏(現在もMASTERSアンプのデザインを担当してくれている)、それに、オーディオに非常に熱心に興味を持っていた機構設計者N氏とで、どうやるべきかの相談・検討を非公式に開始した。
N氏は、シャーシの骨組みを丈夫な住宅用アルミ押し出し材を応用することを提案してきた。なるほど、それならば金型をかなり省略して、強固なシャーシができそうである。それに大型で重量ある電源トランスを中央に据え、大型ヒートシンクで全体を構成すれば、剛性高いパワーアンプができることは確実そうであった。この方針で、パワーアンプの基本的な構造は解決できたと思った。
次は、どの程度のパワーを見込むかであった。話がそれるが、かつてサンスイではマッキントッシュのパワーアンプを範としたBA5000を発売した。このアンプは非常に安定で、ハイパワーにも耐えてくれる名作であった。
1970年当時、名ミクサーである行方さんとの絆が深い、スタジオミュージシャングループ(石川晶とカウント・バッファロー)が毎月、行方さんを中心として、富士フィルムのホールを借りて、リハーサルコンサートを開いていた。この機会を利用して、オーディオ各社の開発スタッフは新製品をテストとして持ち込むことがあった。
行方さんのほうも、どの程度の音量でどのようなサウンドとなるかテストしたいと、双方のニーズがマッチしたかっこうであった。
我々は、当時、BA−5000が、ハイパワー再生で本当に温度上昇に耐えられるかを、トーンバースト信号による温度上昇テストはクリアしていたが、実際どうなるか興味があった。
BA−5000のヒートシンク、電源トランスに温度センサーを取り付けて、温度記録計を取り付けて、リハーサルコンサートが始まるのを待った。
さて、コンサートは始まった。SR用スピーカはJBL4320を片側2本、トータル4本で行った。BA−5000の温度はたいして上昇しない。そこで、行方さんは曲目が進行するに連れて、音量を上げていった。最後の曲でその音量は頂点に達した。わたしは、BA−5000,JBL4320の近くでその様子を見ていたので、まともに大音量を受ける至った。ついに、最後の最後で、スピーカからは変なサウンドが聴こえるに至った。そこで、波方さんは音量を下げた。BA−5000は健在であった。
そのときのリハーサルコンサートは、いつになく活気を呈して終った。快い快感は残ったが、私の耳には苦痛が残った。翌日、耳鼻科を受診したら、一時的な大音量による鼓膜のダメージがあった。2〜3日静養したら全快したが、JBL4320はホーンドライバ、2420を調べてみたらダイヤフラムが割れていた。すぐ交換した。また、磁気回路の磁束密度もチェックし、ことなきを得た。
このBA−5000の定格出力は300Wであった。“そうだ!今度のパワーアンプも300W+300Wとしよう!”と思った。それから、長い年月が経った現在でも、ハイパワーアンプの300Wというのは標準になっているように思える。
このパワーアンプからベテランのY.Mさんが設計に加わってくれた。現在、アクア・オーディオで元気で業務に励んでいるY.Mさんは、クレバーな頭脳と手早い行動で、その能力はエクセレントと、今もそう思っている。
さて、Xバランス回路は反転型バランス増幅回路であり、DCアンプ構成であった。パワーアンプへの入力は躊躇なく、バランス入力(XLR)をメインにした。しかし、当時はまだまだバランス入力の考えは理解されていなかったので、RCA入力もつけざるを得なかった。したがって、RCA入力用として、Xバランス回路はアンバランス入力にも対応するが、反転アンプ構成であるため、その入力側の抵抗値が入力インピーダンスになる。S/N比のこと、NFBのインピーダンスから、そう大きな値にはできなかった。まして、最高級パワーアンプにおいては。
そこで、入力抵抗は1kΩとしたので、入力インピーダンスは1kΩとなる。そうなると、一般的なプリアンプの負荷としては少し重くなるので、接続されるプリアンプをすべて受け入れられるように、専用のバッファーアンプというべきものを設置することにした。当然、バランス受けとなった場合、入力インピーダンスは1kΩとなり、バランス伝送の受けとしては10kΩが常識であったが、バランス伝送するプリアンプに出力インピーダンスは600Ω以下なので、これで進行することにした。
そして、電源回路は大型トロイダルトランスを角型ケースに収納し、L/R 2電源としたが、バランス電源であるため、大型ブロックケミコンは2個で良かった。ブロックケミコンは当時、最高グレードにあった日立コンデンサを搭載することにした。
さて、バランスアンプであるため、アンプはほぼ倍の内容になるが、パワー段はブリッジ構成になるので、パワー段の電源電圧は±47Vで充分であった。パワーデバイスは200Wのコレクタ損失を持つマルチエミッタタイプを2パラ構成で4Ω負荷でも耐えることができた。ご承知のようにパワーデバイスはコレクタ電圧が低いほど電流マージンが増し、リニアリティも良好になる。したがって、両ch合わせて、2パラ×2×2ch=8パラを用意すれば、300W+300Wのパワーアンプが構成できることになった。
パワーデバイスは、当時協力的であったサンケンを採用することにした。
パワーメーターは付けるべきか?
家庭用として使用する場合、通常のパワーアンプが必要とする値は、広い部屋でもせいぜい1W、それから、20dBアップの音圧を必要とすると、そのパワーは100Wになる。一般的なユーザーさんでは、平均レベルは0.5W以下である。
このような状態をハイパワーアンプであると、表現できるディスプレイがあるほうが使っていて楽しいことは確かである。それでは、アキュフェーズとか、マッキントッシュのようなニードルメーターでも良かったが、もう少し近代的なものにしたかった。
いろいろ関係部署に情報を依頼しておいたら、スタンレー電気がプラズマ式バーグラフメーターができたという知らせが入った。さっそく、来ていただいて、見せてもらった。オレンジのバーグラフはけっこう美しい。また、バーの数は40ポイント以上細かくできるので、パワー表示の精度もかなりいけそうであった。“これでいこう!”という感触を得た。“どうせやるなら、パワー表示とピークホールド機能もつけよう!”と要望すると、“できる!”という。
デザイナーのOさんも、“これでいける!”と感じたようであった。さっそく、上司のOKを取って、デザインスケッチ作成におけるキーポイントとした。
2009年 9月21日掲載