アメリカサンスイOBのI・Fさんから、TELがあった。I・Fさんにはアメリカからの真空管買付で大変お世話になった。I・Fさんはアメリカで“Quest America,Inc.”という会社を設立して、オーディオ関係の仕事をしていた。
I・Fさんのお話では、“自分自身でいろいろ検討してみると、CDプレーヤーやアンプ等の下に敷く板にいろいろ工夫を加えると音質が変わる”という。I・Fさんはカントリウエスタン音楽が大好きで、自身、ボーカルやエレキギターを担当し、今でも現地の方と組んでアマチュアバンド活動をされている。
私の見解としては、CDプレーヤーはメカが回転するから、振動は常時発生している。
当然、振動をうまくコントロールすれば、CDプレーヤーのサウンドは向上するだろう。
また、オーディオアンプは電源トランスの整流動作により、振動する。その振動の状況も、増幅するオーディオ信号によっても変動する。また、増幅デバイスたる半導体は、オーディオ信号が通ることによって、振動する。まれに、発振等で大電流が流れると、樹脂モールドパワートランジスタでは砕け散るから、パワートランジスタは相当な振動エネルギー発生能力も持っている。かつて、サンスイ在籍時に、パワートランジスタ上に加速度センサーを付けて測定してみると、見事に、振動する様子を観測でき、また、データを取ることもできた。振動防止に、パワートランジスタ上に振動防止銅板を張り付けることを実施したこともあった。
また、アンプ各社では、ヒートシンクの共振現象を少なくするために、テープやブチルゴムでダンプする等もおこなわれていた。
従って、当時はまだ、機器の下に敷くボードについては今より関心が高くはなかったが、オーディオ誌等で、指摘する有識者はいた。
I・Fさんは、板材(アメリカ材パーチクルボード)をベースに複合構造にしたオーディオボード上に、CDプレーヤーやアンプ等を乗せたら、音質が著しく向上したと言う。
私は、すぐには信じられないので、“それでは、検討を続けて、納得のかたちになったらサンプルとして送って欲しい”と伝えていた。
それから、ほどなくして、アメリカ、N.J(I・Fさんの住所)から、サンプルが航空便で届いた。梱包はけっこう重く、大きかった。
開梱してサンプルを眺めると、470mm(W)×375mm(D)×38mm(H)のサイズ。構造は、16mm厚のパーチクルボードに3ミリ厚鋼板を強固に貼り合わせ、その上に振動吸収材(Spice Gel)、さらに、その上に20mm厚パーチクルボードの4層構造になっていた。いずれも材料はすべてアメリカ製であった。
そこで、まず、CDプレーヤーを乗せてみた。確かに、サウンドのS/N感が向上したように感じた。次に、オーディオアンプを乗せてみた。効果は認められ、そのサウンドは定位が明確、音場の深さ、静寂感が増し、さらにパワフル感が増したように感じた。それから、何度もテストして、改善結果が気分的な結果ではないと確信した。
オーディオ・アクセサリーの効能は、電気的や振動的な試験では、有為的な結果は到底示せず、ほとんど感覚的や官能的なところで説明するしかなかった。
I・Fさんが探して採用したゲル状の材料はアメリカ製で、“Spice Gel”というもので、日本には輸入されていないとのことであった。私には良くわからないが、ヨネックスのパワークッションとも異なり、それこそ、卵を落としても割れないが反発して飛び跳ねる材質でもなく、素材自体で振動を吸収するようだ。
I・Fさんに、この振動吸収材を入手できるかと聞いたところ、可能という返事であった。20mm角にカットした形で、日本に送ってきた。
それは、粘性を持ったゲル状物質で、板・鋼材の間に敷き詰めると、強固な粘着で両側の材料が付いた形にできることがわかった。
折角だから、この振動吸収材を当時のWestRiverアンプのベースに採用することにした。
具体的な構造は、鋼製サブベースを造り、アンプの下板とサブベースとの間に“Spice Gel”を入れて防振構造にした。ずっしりとした重さと粘性により、WestRiverアンプのサウンドはさらに安定したようだ。採用期間は3年程度続いた。
しばらく日本のオーディオ界を見ていて、また、このオーディオボードのパフォーマンスから、日本国内で売れる自信が段々と深まってきた。
そうして、I・Fさんに私の意思を伝えたところ、I・Fさんも同意見であった。
“ところで、どうやって、量産するの?”とI・Fさんに聞いたところ、I・Fさんはサンスイアメリカ在籍当時、アメリカ国内で販売したシスコンのうち、スピーカーはアメリカ現地生産であったので、木工関係の会社を数社知っていた。I・Fさんはいろいろ生産工場を探して、NEW YORK州の工場で作らせる準備ができそうだと連絡してきた。
そうなると、まずはブランドネームを付ける必要があった。
私が“Audio Spice”というネーミングを提案し、これでいこうということになった。I・Fさんはブランド書体を考えて、台湾の会社にネーミングプレートを造らせた。画像に示すようにそれなりにユニークなものができた。
そして、このブランド名はどこにも抵触するものがなかった。
そうなると、オーディオボードだけでなく、他のカテゴリー(例えばアンプ)にも採用しようと言う気になった。その後、“Audio Spice”ブランドのアンプを、一時期、イシノラボから発売した。
型番は、I・Fさんから、“サイズを表すCC-18にしたい”と言ってきた。“それでは、それでいこう”ということになった。なお、アメリカでの量産はすべて、I・Fさんが担当し、私が日本国内での販売を担当することになった。
まず、オーディオ界への広報は付き合いのある音元出版に“オーディオボード CC-18”を持ち込み、評論家さんに評価して貰い、誌面に評価記事が出ることが有効であった。幸い、とても良い評価で、“オーディオ・アクセサリー”誌に掲載された。
また、定価は45,000円(税抜)とした。
アメリカから日本への運搬は費用が掛かるが、航空便で送って貰い、当時、原木(千葉県・市川市)にあった航空便ターミナルにレンタルトラックで取りに行き、妻の実家の倉庫にしまっておくことで対応した。まずは初ロット50本を送って貰い、注文がくれば倉庫に取りに行き、発送することにした。
しばらくして、オーディオ・ユニオンのアクセサリー館(東京・御茶ノ水)のチーフ、Mさんから、サンプルを見せて欲しいと言われ、持ちこんだ。すぐに反応があり、“とても音質向上効果があるので、オーディオ・ユニオンとして、拡販したい!”と、嬉しい知らせが入った。とりあえず10本単位での注文が始まった。
“CC-18”の梱包カートンにはUSA国旗シールを貼り付けて、店頭で目立つようにした。納入は零細であるから、自分のクルマに10本積み込み、納入した。
何とか、うまくいった滑り出しであった。利益は、出たらI・Fさんと双方で分け合うこととした。
何と、その年の“オーディオ・アクセサリー銘機賞”のアクセサリー部門賞に選ばれた。
これは販売店、とりわけ、オーディオ・ユニオンの強い推薦があったからと思われる。
好調のうちに年間300本程度が売れた。
アメリカ現地においても、評判が良かったと、I・Fさんは言う。
“CC-18”は、途中のロットで不良品が続出した。その不良品は表面を覆っているポリ袋のあとが“CC-18”の表面に付いてしまっていることだった。
その原因は、アメリカの工場で、塗装後、充分な乾燥をさせないで梱包してしまい、そうなったと思われた。いかにも、ラフなアメリカの工場の不始末だった。完成・受け取った“CC-18”をその工場に返品しても良かったが、返品の航空運賃を考えると得策ではなかった。
とりあえず50本が不良であったから、日本サイドで修復することにした。ちょうど、名古屋にマスターズアンプのシャーシを頼んでいた会社のお世話で、再塗装してくれる業者を探してくれた。それでも、再塗装できるように、こちらでボードを分解して、1枚1枚に分けて、名古屋に送らなくてはならかった。
ともかく、懸命に修復作業をおこなった。幸い、以後のロットでそのような不良は発生しなくなった。
不幸中の幸いというか、“CC-18”を分解していたとき、内部に3ミリ厚の鋼板が板材にねじ留めされており、そのサイズから、電気的には、静電シールドや電磁シールドできそうだと気が付いた。鋼板に穴をあけ、ラグ端子でケーブルを引き出すと、それがアース線として作用することが分かった。
具体的には、上に載せたアンプやCDプレーヤーのアース端子とかシャーシに、“CC-18”の内部鋼板から引き出したアース線を接続すれば、空中からの電磁波ノイズに対しシールド効果を発揮した。ちょうど、そのころには、携帯電話が爆発的に増えていた時期で、電磁波ノイズによるオーディオ機器への悪影響が指摘されるようになってきた。
さっそく、その効果の様子を“オーディオ・アクセサリー”誌やイシノラボのHPで載せて広報を図った。
そのような進展によって、ともすれば短期的な販売に終わってしまうアクセサリー機器であるが、“CC-18”は継続して販売を継続できた。但し、アース線の取付は、いったん梱包を解き、私があと加工おこなうことになり、注文があるたびに追加作業をおこなった。
そうして、2年間で500本の販売数を記録したが、さすがに、注文数が減ってきた。
そこで、次の商品展開が厳しくなったので、これで“CC-18”の販売は終了した。
わずかな期間であったが、オーディオ・アクセサリーのニーズに根強いものがあることを認識した。いまなお、オーディオ・アクセサリービジネスはケーブルを主体として、ホットであり、このビジネス抜きで、オーディオ界は語れない。オーディオ・アクセサリーは、日本から広まって、世界に広まっていったと断言できる。
ただ、ほとんどのオーディオ・アクセサリー機器の効果は、上述したように、現状の学問的レベルでは実証できず(地震予知といい、解明できない現象は山ほどあるが)、官能や感覚で決まってしまうところは、私としては、少し残念。
一時は、ケーブルの純度や結晶の大きさ等が訴求材料になったが、今や、そうだから高音質評価になるとは言えない。何とも、不思議なアイディアの世界である。けれども、オーディオの趣味はそのようなものなのである。今にして思えば、大変、有意義な体験をしたとありがたく思っている。このジャンルでの成功者はサンスイOBの前園俊彦さん(ゾノトーン創業者)だと思う。
次回はいよいよ、Dクラス(デジタル)アンプの開発、量産設計の話に入ります。大変な業務の始まりでした。
オーディオボード“Audio Spice CC-18”の外形画像
オーディオボード“Audio Spice CC-18”のロゴ画像
オーディオボード“Audio Spice CC-18”の銘機賞賞状
オーディオボード“Audio Spice CC-18”のアメリカでのニュースリリース
2015年 6月26日掲載