イシノラボ/マスターズ店長の連載

第1弾 日本オーディオ史

第73回 Dクラス(デジタル)アンプの量産設計 前編

1本の電話と韓国の会社

サンスイ在籍当時、スピーカー設計に従事していた頃、先輩社員のM・KさんはSP2002等の傑作スピーカー設計者で、私は尊敬していた。M・Kさんはその後、サンスイを離れたが、何と、20年ぶりくらいか?TELがあった。

さて、お話を伺うと、サンスイにスピーカーユニットを供給していたフォスター電機の営業マンとして優秀だったMさんが、フォスターから、韓国ゴールドスターとフォスターとの合弁で設立したスピーカーユニット会社に加わり、日本支社代表でおられるとのことだった。“それで、どうなの?”と話を急がせると、その会社に、日本の専業オーディオA社から、Dクラスアンプ搭載のサブ・ウーファーをOEM開発設計、生産をして欲しいとのことであった。

Dクラスアンプと聞いて、とても私の出る幕ではないと思った。“Dクラスアンプは話に聞いているが、良くわからない!”と遠慮した。
ところが、Mさんは、何とか話を聞いて欲しい、日本支社に来てくれないかという。
それで、私はアポイントを取って、そのあたりの事情を伺いに日本支社に伺うことにした。

ゴールドスターは韓国の財閥にふさわしく、日本支社は赤坂のツインタワービル内にあり、社内は豪華な雰囲気があった。
Mさんとは25年ぶりくらいの再会であった。お互い、年を重ねたが、Mさんの有能さは相変わらずであった。

当時のDクラスアンプの水準、開発状況

海外の半導体メーカーがDクラスアンプ用ゲートドライバーIC(ファイナルステージのMOSFETのゲートにPWM信号を生成して送り込む役目)を発売し始めていた。また、アメリカ、西海岸で、ドクター・トライパシーがDクラスアンプの開発を始めていたころであった(トライパスブランド)。日本では、電子雑誌、CQ出版の“トランジスタ技術”が自作記事として、Dクラスアンプをアクティブに紹介していた。【図1】にゲートドライブICを使うDクラスアンプの基本ブロックの参考図を示します。

さて、私の知るところでは、パイオニアは開発が一番進んでいて、サブ・ウーファーにDクラスアンプを採用しつつあった。それでも、内情は、当時、Dクラスアンプ分野で開発設計に取り組んでいた優秀なエンジニアは退社して、開発力は弱っていた。
一方、当時、段々と内部抵抗の小さいMOSFETが登場してきた。ご承知のように、Dクラスアンプのファイナルデバイスは、トランジスタではスイッチング速度が遅く(少数キャリア動作だから)、多数キャリアで動作するMOSFETでなければ、スイッチング電源,インバータ,Dクラスアンプは実用にならなかった。

そのような技術イノベーションが進行するなかで、マルチメディア化が本格的になってきて、5.1ch再生が求められるようになってきた。そうなると、アンプ内蔵のサブ・ウーファーが求められ、アンプ部はできるだけ小型、軽量のものが必要とされていた。
Dクラスアンプは、理論的に高効率なので、小型・軽量化できる可能性があった。但し、Dクラスアンプはひずみ特性、周波数特性において、アナログアンプに及ばず、フルレンジ用Dクラスアンプの製品化には無理があった。
また、Dクラスアンプは高周波スイッチングするので、Dクラスアンプ自体から、電磁波ノイズを出し、周囲の機器に電磁波妨害を与えるので、輻射ノイズを安全規格内に納めるには、それなりの技術とノウハウを必要としていた。

Dクラスアンプ開発・量産計画

話を戻すと、韓国のこの合弁会社は韓国の独占禁止法により、ゴールドスターから分離独立して、近々、“ESTEC”という会社になるという。そこで、ESTECは日本支社オフィイスを三鷹に設置するという。

さて、A社からのOEM生産の話とは、以下のストーリーであった。

  1. 25cmウーファで構成するサブ・ウーファーにDクラスアンプを搭載したい。
  2. ESTECはスピーカーユニット会社であるから、システム設計の経験はあまりない。
    アンプ設計部門も有していない。まして、Dクラスアンプはとても無理そう。
  3. ESTECはこの商談を何とか具体化したい。具体的には、日本語を話せるアンプエンジニアを雇ったという。また、Dクラスアンプを設計できそうな、ソウル郊外にあるカー・ステレオ会社にDクラスアンプの開発委託をする予定だが、その会社はDクラスアンプ設計の経験がない。
  4. そこで、外部の技術者に設計委託して、Dクラスアンプを設計できないか?

私は、話の詳細、事情を聞きに、OEM開発・生産を要請しているA社の様子を聞いてみることにした。A社は北八王子にあり、私はかつて、A社のプリメインアンプの量産設計を担当した経験があったので、人脈があった。

また、A社のスピーカー設計課にはS社から転職してNさんもいたので、早速、A社、スピーカー設計課長と面談した。

“どうして、A社内のアンプ技術で開発設計できないかと?”と尋ねると、アンプ技術課はまだDクラスアンプ設計の実績、ノウハウもないから引き受けてくれない。“という事情であった。それでは、通常のアナログアンプをサブ・ウーファーに搭載すれば、技術的なリスクがないと言ってみたが、課長さんは”このあたりで、当社も先進技術を採用したい!“という。それにはリスクが大きいと申し上げたら、それは、この話を受けてくれるかの”ESTEC“の問題という。

私は、面談を終えて、まずは、Dクラスアンプ関係の海外半導体各社に開発・実用化状況を取材することにした。

調べてみると、“インターシル(Intersil)”が150WパワーのDクラスアンプモジュール(HCA125)を開発しているらしいという情報が入った。
インターシルの日本代理店は、六本木にある“極東コンチネンタル”であった。さっそく、アポイントを取って伺ってみると、確かに、このプロジェクトは存在していた。すでに、試作サンプルがあって、ヒアリングできる状態にあった。
その場のリスリングルームで聴かせて貰った。サウンドはほどほどで、それなりであった。音質があまり問題にならないサブ・ウーファー用には使えそうであった。

私は無理を言って、その試作モジュール(評価ボード)を貸して貰った。戻って、自身のラボで測定してみると、パワーが充分満足できるし、発熱等の心配はなかった。但し、Dクラス特有のスイッチングノイズはAMラジオを近づけると盛大に出た。
“まあ、Dクラスアンプだし、それに、試作品だから、仕方ないか、”と判断し、このモジュールを使えば、Dクラスアンプ部の設計にかかる時間は相当セーブできそうであった。

それでは、量産スケジュールを聞いたところ、はっきりしない!1週間程度の期間を置いて、日本代理店のYさんにインターシルサイドに督促するようなかたちで、頑張ってもらったが、それでもはっきりせず、この試作品の量産採用案は諦めざるを得なかった。

このプロジェクトに取り組むべきか。

この時期、どういうわけか、私は新しい技術にチャレンジしたいと思ったし、また、我々が設立した会社の技術部門が独立会社となって頑張っていた。そのなかのT・DさんがDクラスアンプに熱心で、“やってみるなら、協力する”と言ってくれた。また、社長であるK・Kさんは“自分もエンジニアであるから、協力する!”と言ってくれた。

だが、アンプは電気設計者だけでは量産設計はできない。スピーカキャビネット,グリルネット,コントロール部,リモコン部、それにもっとも重要な全体のレイアウトを考える必要もあった。

機構設計は、ロジャーズM300i設計時の機構担当、Tさんに依頼することにした。Tさんは喜んで引き受けると言ってくれた。
Tさんは、パソコンCAD操作に精通して、ESTECの図面のやり取りもメールで充分対応できる能力があった。あとはどの程度、技術フォローできるかであった。

もうひとつは、搭載するマイコンのソフト設計が必須であった。このサブ・ウーファーはリモコンで、電源,音量,入力切替機能が要求されていた。
T・Dさんが紹介してくれたSさん(3年後、若くして故人となってしまった)にお会いした。50才台のフリーITエンジニアであった。マイコンの開発ツールを借りれば、搭載するマイコン開発はできると言ってくれた。エステックに問い合わせると、サムソンなら紹介すると言われ、サムソンと連絡を取り、借りることができた。Sさんの開発能力は優れていて、仕様の変更に対応する能力はすばらしく、プログラム上のミスはほとんどなかった。

残ったのは、メインのゲートドライバーICをどうするかであった。結局、仕方なく、パイオニアも採用した“ハリス”のHIP4080Aを採用するしかなかった。量産対応も反応が良かった。

そこで、とうとう、私はエステックのMさんに“引き受ける!”と言ってしまった。

量産設計業務に取り組むことになった

エステックはスピーカーユニット会社だから、完成品のアンプ入りサブ・ウーファーの量産を引き受けることは、相当リスクがあった。アンプの技術、まして、Dクラスアンプの技術はまったくなく、外部委託する私にしても、Dクラスアンプの量産経験はない。また、エステックはそのために急遽、日本語のできるアンプ技術者を雇ったという。また、量産会社はソウル近郊の中規模のカー・ステレオ会社にOEM依頼するという。

製品OEMを依頼するA社もスピーカ事業部だから、アンプ技術者はいない。A社のアンプ部門にはアンプ技術者は沢山いるが、Dクラスアンプに詳しいエンジニアはいない。(数年後、A社のカーオーディオはDクラスアンプアンプ採用に踏み切った。)

ビジネス的には、マスターズとして、見積書を作成して、費用を3回に分けて、支払ってもらうことになった。マスターズは機構設計のTさん、マイコン設計のSさんにその金額から、支払うことになった。また、試作に係る費用、韓国出張の費用は実費請求して支払って貰うことになった。

ビジネス的には、このように進行してきたが、この量産設計プロジェクトは普通の見方からすれば、成功しない確率のほうが多いと思うであろう。
韓国エステック社もそのリスクは気になっていたであろうが、乗りかかった船と思っていたのであろう。
量産スケジュールはA社の標準スケジュールであって、新技術だからと言って、待たせてくれないようであった。
そのころは何とか、メール連絡できる世の中になっていて、頻繁に連絡はとれるようになってきていた。

しばらくして、エステック社から、日本語のわかる途中入社のP・PさんとDクラス内部を生産するカーオーディオ会社部長のK・Kさんが来日することになった。
その際、Dクラスアンプのプロトサンプルを持参するという連絡が入った。私はプロトタイプが製作できる水準なら、何とか、協力してやっていけるかという感触を得て、喜んだ。

そして、2人は、我々の前に現れた。挨拶、握手して、“Dクラスアンプサンプルを見せて!”と私がいうと、彼等は“落として、壊してしまったので、持ってこられなかった!”という。その言葉には、がっかりしてしまった。“それでは回路図は?”という気にもならなかった。要は、彼等は何も検討していなかったのだ。

気を取り直して、技術的、スケジュール的、仕事の分担などを話し合うことになった。

“これは苦労するぞ!”と私は覚悟した。

この時期のDクラスアンプとは

DクラスアンプはPWMアンプというのが正しい。PWMアンプの原理は、かなり以前に提案されている。サンスイ在籍時に1970年代後半、アット・ウッド氏が来社し、披露したが、そのとおりにサンスイ開発陣が試作してもうまく動作しなかった。当時、MOSFETは開発が始まったばかりであり、少数キャリアで増幅作用をおこなうトランジスタでは、PWMのスイッチング速度が追い付かなかった。多数キャリアで増幅をおこなうMOSFETの登場によって、実用化段階に達した。

基本的ブロックは【図1】に示すように、三角波発振回路で三角波生成し、オーディオ信号と三角波とをコンパレーターに入力すると、高周波PWM信号が得られる。このPWM信号を2個のMOSFETでスイッチング増幅するために、レベルシフト回路やひずみ改善のためのデッドタイム回路を収納したゲートドライバーIC入力し、ゲートドライバー出力で、MOSFETを高速スイッチングする。高周波部分をLCフィルターでオーディオ信号だけをろ過する形でオーディオ信号となる。勿論、アナログアンプと同じように、NFBを掛けることは必須である。

アナログアンプのように連続的に増幅するわけではないので、効率は飛躍的アップし、小型、軽量化が図られる。但し、Dクラスアンプは、リニア動作ではないので、ひずみ性能はアナログアンプより落ちるのは仕方ない。

だが、小型化、高効率のメリットから、近年のTVやパソコン、携帯のオーディオアンプ部分には100%、DクラスアンプがIC化されて、採用されている。


次回は量産設計に苦労の連続をした話を記述したいと思います。お読みくださって、感謝致します。


ゲートドライブICを採用したDクラスアンプ ブロックダイアグラム例
【図1】 ゲートドライブICを採用したDクラスアンプ ブロックダイアグラム例

Dクラスアンプに使用したMOSFET,ゲートドライブIC,カスタム開発したコントロール用マイコンIC
【写真1】 Dクラスアンプに使用したMOSFET,ゲートドライブIC,カスタム開発したコントロール用マイコンIC(9番と書いてあるもの)

1次試作品のリアパネル側
【写真2】 1次試作品のリアパネル側


2015年10月 9日掲載