USAのIRに入社したH・Jさんから、TELがあった。まだ、IRに入社して1年くらいであった。彼のTELによれば、海外のある会社から、P社のOBであるS・KさんにDクラスアンプ開発の話が持ち込まれ、私に手伝ってくれないかと言うことであった。
ちょうど、タムラでのDクラスアンプの仕事が終了したところだったので、何とか、話に乗れそうだと思った。それで、S・Kさんに会うことになった。
秋葉原のコーヒーショップで会うことになった。
S・KさんはP社で高級ピュアオーディオコンポ開発設計スタッフであった。けれども、当時、マルチメディアがオーディオ界を飲み込むとあって、S・KさんはP社をリタイヤせざるを得なかったようだ。
S・Kさんはやってみたい仕事であるが、Dクラスアンプの知識、実績がないので、経験のある私をH・Jさんが私を紹介してくれたらしい。
この開発プロジェクトの本音はおおよそ8か月くらいで、ハイパワー(1KHzくらい)サブウーファ用アンプを開発してほしいとのこと。ただ、安心できるのは、試作開発であって、量産はまた別の話とのことであった。
タムラのときは500Wであった。これもかなりのハイパワーであった。今度はその2倍!果たして、出来るかどうかをH・Jさんに意見を聞いたところ、IRでハイパワーアンプ用ゲートドライブICを開発中であるから、これが間に合えば可能性があると言ってくれた、少なくとも、試作品は優先的に送ってくれると言ってくれた。
一緒に開発するS・Kさんの開発場所は首都圏に適当なところがなく、S・Kさんの故郷である山形県に場所・設備を使わせてくれる会社があるという。彼はそこで、仕事をすると言う。遠隔の地だが、もうその頃はネット(メール)時代になってきたので、連絡・協議にはあまり問題がないように思えた。方針、方向は私がある程度決めて進むことになった。必要な検討場所は、私の工房を当時、東京・立川にあったCTSエンジニアリングの試作室、設備を使わせて貰うことになった。また、当時、Dクラスアンプ開発に先進的であったT・Dさんが協力してくれることになったのは心強かった。
当時の最先端のDクラスアンプ開発、特に、IC開発、アンプ開発しているところの調査から始めていった。
サンプル購入を申し込むと、特別価格で分けてくれた。
そのモデルはDAD-M1と言い、150mm(W)×106mm(H)×41mm(
D)、重さ730gと小型・軽量で160W(4Ω)のパワーを出した。電源部はスイッチング方式、Dクラス変調には1bit方式を採用していた。フルレンジであるから、ヒアリングしてみると、ハイエンドオーディオには、まだまだ到達していないレベルであった(【図5】参照)。
Dクラスアンプにつきもののノイズ発生安全規格では、日本国内のVCCIはクリアしているようだった。FCC規格にはパイオニア埼玉事業所内の電波測定室を使わせていただき、測定してみたが、クリアしていなかった。
H・Jさん、S・KさんがパイオニアOBであったことも幸いして、パイオニア埼玉事業所内の電波測定室を無償で使わせていただくことになった。(当時は広大な敷地にパイオニアの開発部門、プラズマTV事業部があって、盛況であった。現在は事業所を閉鎖、敷地を売却してしまった。)
電波測定設備は測定ルームを含めて、¥2億以上の資金が必要であった。
このとき、せっかくだから、この電波設備を使わせてもらって、Dクラスアンプから発生される電磁波ノイズの状況を測定して、ノイズ縮小ノウハウが得られればと考え、その当時のDクラスアンプの電磁波ノイズを測定してみた。おそらくこのような測定データはどこにもなく、初めてのことではなかったと思う。
具体的に、測定データを載せてみます。
FCC(アメリカ)規格がポピュラーであり、それをクリアするのは大変なことである。当然、日本の自主規格VCCIより厳しい。測定法はテストされるDクラスアンプを回転台に置き、そこから確か10mの距離に電磁波ノイズを測定するアンテナを置き、電波の性質として、水平・垂直2方向偏波について、30M~1000MHzのレンジで電磁波ノイズを測定する。このような測定はとてもマニュアルではできず、すべて、パソコンコントロールによる自動測定であった。
そこで、トライパスの試作品を1/8出力で測定してみると、20~30MHzではかなり規格オーバーであった(【図4】)。
Dクラスアンプはスイッチング周波数をアンプ内で生成しているから、どうしても電磁波ノイズが外部に漏れ出てしまうことが分かります。 オーディオ機器の不要電波(電磁波ノイズ)の問題についての認識が深まったことは、私自身の大きな収穫であった。
また、最近のことだが、アナログFMチューナー(1980年製)の下にCDプレーヤーをおいて、CD電源をONすると、FMチューナーはデジタルノイズを受けて受信しなくなる。やはり、電磁波ノイズはオーディオ機器にとって有害であるが、対策を誤ると返って、対策を取った機器の音質劣化が発生することは次回述べます。
この開発はパイオニア、スピーカー設計部が協力を申し出ていただいたので、意見、方向をうかがうと、ハイパワーサブウーファが、将来性があると言う。
トライパスで500Wパワーを達成したので、それでは1kWならと伺うと、やってみてということになった。スピーカー技術は1kWに耐えるウーファの開発も同時にスタートするということになった。
【表1】暫定仕様
用途 | サブウーファ用ハイパワーアンプ |
---|---|
定格出力 | 1kW(4Ω):1分間は持続すること。 |
ひずみ | 5%以下(1kW時) |
構成 | フルブリッジ |
ノイズ規格 | FCC規格をクリアする。 |
電源 | 100V |
まず、出力構成は多パレレル構成で、かつ、パワーを取れるフルブリッジ構成とした。フルブリッジ構成とすると、出力部は±2電源構成を取らず、単電源構成で実現できるメリットがあった。
電源部はスイッチング電源だと、発生電磁波ノイズが大きいので、心配のないトランス電源とした。大型電源は整流後100V(DC)になるトランスを必要とした。
試作はサンスイOBでトランス設計・製作の達人、技研O・Sさんに依頼したころ、快く試作してくれた。
回路構成は待っていたかいあって、IR社でH・Jさんが開発していたゲートドライバーIC(IR2153)をすぐ送ってきてくれた。
また、電流容量の大きなMOSFETはIRが開発したので、これをパラレルフルブリッジ(合計8石)で構成することにした。
回路設計、プリント基板設計はT・Dさんが頑張ってくれて、試作を繰り返すうちに段々と1kWが出るようになってきた。全体のプリント基板も【図6】に示すように、それほどサイズが大きくならず、形となった。
また、電源ON/OFFのノイズでスピーカーに有害にならないように、また、ユーザーが不快にならないようにミュート回路を備えた。
そして、意外と大変なのは1kWパワーを測定することであった。負荷抵抗には150W/8Ω抵抗を8本備えて、測定することにした。ともかく、1kW/4Ωは計算上、18A程度の大電流が流れるので、測定は極度の緊張が強いられた。
いろいろ、ハラハラしながらも、ひずみ率1%で、1kW/4Ωをクリアできた。
いよいよ、ヒアリングテストを実際のプログラムソースでおこなうことになった。
パイオニアスピーカー部の視聴室を貸してくれ、かつ、スピーカー技術部のスタッフの皆さんもヒアリングテストに同席してくれることになった。
今でも覚えているが、パイオニアの大画面プラズマTVに試作ハイパワー対応サブウーファで視聴をおこなった。
潜水艦への爆雷攻撃シーンの凄いサウンドは恐怖感を覚えるものであった。幸い、サブウーファもDクラスアンプも壊れることはなかった。
やはり、このような小型アンプユニット構成で1kWを出せることはDクラスアンプの素晴らしさであった。
開発委託してきた会社からは、市販品への商品化計画はまだ具体化しないので、1kW出ることが証明できたので、それでよろしいということなった。
私としては、海外に輸出ということまでを検討をおこなうと、少なくともFCCの電磁波規制をクリアするには相当厳しい検討が待っていることは、これまでの電波試験から推測できた。ともかく、Dクラスアンプ自体の設計開発は高性能なゲートドライバーが登場して、それほどの難関ではないと感じた。
それよりも、外部にまき散らす電磁波ノイズの抑制は、特効薬はなく、地道に水漏れを止めていく作業が続いているようにしなければならない。
その点、小パワーのDクラスアンプは電磁波ノイズ発生量が少なく、アンプやTVに採用することはこの時期からどんどん進んでいった。
また、日本国内なら、VCCIというFCCよりも緩い自主規制をクリアすれば製品化できるので、Dクラスアンプは市場に急速に浸透していった。
2007年くらいから、カラオケアンプのDクラスアンプ化は凄く、具体的には第一興商のカラオケアンプはすべて、Dクラスアンプになっている。