普通に音が出るアンプを設計するには、量産設計の電気担当エンジニアでは、プリント基板設計がスムーズにできること(近年ではCADが普及しているので、必須条件)、決められた電気仕様をクリアすること、予定原価をクリアすること、あとは、サービス性(修理しやすい構造)などが重要です。
近年の量産アンプ設計業務は、まずはCADによる回路図作成です。この量産用の回路図にはできるだけ多くの情報量が入るように各社そうなっています。
それができるとパソコンでの部品表作成が必須です。
この作業が非常に面倒で、私はケンウッド、LUXで実際作りましたが、その労力と注意を集中することには疲れました。
何しろ、部品表情報が資材に行き、材料が購入されるからです。そのほか、量産品は販売されるまで、2回の試作が必要で、プリント基板の設計に没頭します。もう、30年も前から、プリント基板への部品の差し込みは機械でおこないます。インサーターマシンと呼びます。従って、プリント基板設計もインサーターマシンの決まりに沿って作図しなければなりません。それができると、試作品を作ります。量産までに、1次試作品、量産試作品と進みます。その都度、問題点を品質管理、生産現場、サービス現場から指摘され、問題解決策を提示し、納得してもらわなければなりません。
好きなオーディオを仕事にして、良かったと感じている設計者はいまや少ないでしょう。1機種における作業時間は6か月程度しか見てもらえません。
量産設計者にとって、“回路研究”とか“音質”とかいう事柄で、悩むことはほとんどありません。
ひたすら、量産品発売にこぎつけることが責務なのです。
古いことで申し訳ありませんが、パソコン、CAD登場以前は、量産設計期間は12~15か月くらいあって、けっこう、いろいろ検討できたのです。検討途中で、パテント申請ができた回路もあったのです。
現在(2018年)、アンプに関するメーカーの取り組みが、アキュフェーズを除いてやや停滞気味です。Dクラスアンプが少しずつ浸透してきましたが、Dクラスアンプのアンプユニット部分の開発は、半導体生産のように精密でコンパクトに作る必要があります。
なぜなら、300kHz~1MHzくらいの高周波でスイッチングするのですから、1mm単位のプリントパターン設計が重要だし、表面実装という1mm角くらいの小型部品で作らないとDクラスアンプはうまく動作しないのです。
そこで、Dクラスアンプユニットは専業企業が用意し、それをアンプ組み立て会社が購入してアンプを作っているケースが多いです。
一方、中小のアンプブランドが頑張ってくるようになってきました。喜ばしいことです。
さて、私はマスターズブランドのアンプを独自の回路、方式で作る必要がでてきました。
普通のアンプは他にいくらでもあるからです。
真空管アンプ回路を眺めてみると、プッシュプルアンプでは、アンバランス入力は、まず初段で増幅され、次のステージで位相反転され、ダブルエンド(バランス変換)出力となり、パワーステージの出力管はバランス動作していることになります。
そのバランス出力を出力トランスで、アンバランス出力に戻された形となって、スピーカーをドライブすることになってします。
NFBを掛ける場合も、アンバランス回路でのNFBになっています。
この流れを出力トランス2次巻線の中点を設置するか、フローテングさせれば、バランス動作になります。また、入力をバランス受け回路として、入力段のカソードにバランスカレントNFBを掛けることもできます。
こうして、誕生したのがパワーアンプ“MASTERS BA-218”系です。お客様の要望で、300Bでバランス増幅パワーアンプ製作例も少なくありません。
私自身はEL34(3結)によるppのサウンドがまろやかでいて、パワフルであるので大変好ましく感じております。特に、出力トランスは橋本電気に依頼して、バランスNFB巻線を含んだ特注品を用意しました。
真空管アンプの良さは持論として、オリジナル回路での性能(ひずみ,S/N比,周波数特性)をできるだけ良好なものとして作り、そのうえで、3~6dB程度の少量のNFBをかければ、過渡的なサウンドに対する応答が良好になります。多量のNFBはNFB演算がうまくいかず、混変調現象を起こす原因となります。特に、トランスを含んでの多量NFBループは禁物です。
但し、真空管アンプは半導体アンプに比べ、DFはせいぜい1~10くらいですから、ネットワーク内蔵のスピーカーは周波数特性をよりフラットにするためにスピーカーシステムインピーダンスを変動させて設計しているので、スピーカーインピーダンスが上昇すれば、周波数特性が上昇し、低くなれば低下します。
この定電流ドライブ的な増幅が真空管アンプの特長で、だから、そのことが基本的な原因、真空管アンプは半導体アンプと違う音質になるのです。
私はスピーカー設計を経験したので、このあたりのアンプとスピーカーのインターフェーズが理解できます。多くのアンプ設計者は、負荷が周波数によって変動しないものと仮定しており困ったことです。具体的には抵抗を負荷にして、検討しているのです。
私は、初期の時点での検討には抵抗負荷で良いと思いますが、実際の動作条件を考慮する必要があると思っています。
1970年代のサンスイはそれなりにこのあたりの意識があって、負荷抵抗のほかにSPダミー抵抗が作られていました。設計者はそれを使うことができました。SPダミー抵抗は当時、JBLの輸入代理店であったためか、LE-8Tの等価回路がダミー抵抗になっていました。
実際、このダミー抵抗で測定すると、発振等のアンプ動作の安定度に関しては役立ちました。
さて、ここで、スピーカーユニットについて、概論を記述してみます。
スピーカーは磁界内に巻いたボイスコイルが動作して音を出すので、ほとんどはボイスコイルのジュール熱に消費されて効率が悪く1%以下です。ホーンスピーカーは効率が高いですが、これは振動板と空気とのインピーダンスマッチングの役目を果たすホーンによって実現しています。ホーンによる副作用もあるので、要注意です。
また、過渡信号によるダンピング特性は、アンプのダンピング特性(DF)に影響されますが、ネットワーク内蔵のスピーカーでは、ネットワークに採用されているインダクターのDC抵抗で低くなってしまいます。例えば、DF=1000のような驚異的なアンプでも、インダクターのDCRが0.1Ωあれば、DF=8Ω/0.1Ω=80と大幅に低下してしまいます。
また、磁気抵抗も関係します。磁気抵抗が低ければ、振動板の振動をダンプ(制動:止める)方向になります。このあたりは、磁気抵抗の大きいフェライトマグネットは不利で、高価ですが、アルニコマグネットは有利になります。だから、今でも、アルニコマグネット使用のユニットは珍重されるのでしょう。
トランジスタは原理的に少数キャリアで動作するので、どうしても高域特性(周波数特性,超高域での電力増幅)には向いていないです。
かつて、Dクラスアンプの原理は古くから知られていたが、どうしてもトランジスタでは実現できなかったのです。
広く普及しているスイッチング電源はMOSFETの良好な超高域スイッチング特性があったから実現できたのです。
そのような事情により、すでに20年前くらいから、パワートランジスタの進歩は止まり、その製造も先細りとなり、今や、サンケン電気が細々と生産を継続しています。
(余談ですが、電車等に採用されているスイッチチングデバイスはIGBTといわれるもので、MOSFETとトラジスタの混血デバイスと言われるものです。)
それにトランジスタは温度変化に敏感で、温度変化により、増幅特性が変化します。いわば、常に外気の影響を受けて変動しながら、増幅をしていると考えられます。
ですから、トランジスタパワーアンプは温度補償回路が必須になります。もちろん、MOSFETも温度補償回路はあったほうが好ましく、搭載する場合が多いですが、実際、温度補償回路の外気に対する動作変動はゆるやかです。
MOSFETは何と言っても日立が製品化したNMA-9500シリーズに搭載されたことで高く評価されました。特に、故 長岡鉄男さんは、このアンプが壊れるまで使い続けました。
私の想いとしては、トランジスタとMOSFETとは高域パワーリニアリティに決定的な優劣があり、MOSFETを採用することにしております。
日立以外では東芝がMOSFETの販売を日立に遅れてスタートしました。主力デバイスは2SK405/SJ405です。
サンスイ在籍時、私はこのMOSFETを高く評価して、サンスイアンプへの搭載を支持しました。
あとになって、500ペア入手でき、MASTERSアンプに搭載することができました。
初段差動構成のアンプは大別して、初段にトランジスタやFETにしても、±電源に対して、対称でない回路は電源ON/OFF時に電源が立ち上がるまで、アンプの出力はDC成分が出て、大きなノイズを出します。
そこで、そのようなショックノイズを出さないために遅延回路によるリレー回路を通ってアンプ出力になるわけです。リレーは細い接点を磁力で接触させています。常識的にみて、リレーは必要といえます。
アンプの修理において多いのは、リレーでの接触不良やノイズの発生です。そして、リレー接点の状態が悪化すると、きれいな2次ひずみが発生します。このような事態に痛い目にあっているオーディオ各社はなるべく、そのような不具合の少ないリレーを開発してもらい、それを搭載しています。それでは、リレーによるひずみ発生はあります。
一方、初段差動回路を上下対称電源構成にすると、電源ON/OFF時、スムーズの立ち上がり、立下り、リレーが無くともショックノイズは出ません。
(但し、電源OFF時、音が残ることがありますが、これは真空管アンプと同じ現象で有害ではありません。)
NFBは、時間遅れ(位相偏移)が超高域において発生することによって、NFBがそのような帯域で繰り返し、信号に対してはひずみ率が悪化するだけです。ところがヒアリングにおいて、訓練された聴覚や長時間同じアンプを使うことによって、段々とその弊害が認識されてきます。このような現象を1970年代後半、マッティ・オタラはTIMひずみと命名して、音質上、有害なことを提唱しました。
位相補償法とか、スルーレートアップ、負性抵抗の打ち消しとか、対策はありますが、どのような対策を施しても、超高域における90度以下の位相偏移を軽減する手立てはありません。このあたりがNFBアンプの良さを追究する限界です。
一方、NFBをあきらめて、無帰還真空管アンプにする方が少なくないことも納得いきます。
マスターズアンプはできるだけ、NFB量を減らして、TIMひずみを少なくすることに努めております。
通常、半導体アンプのNFB量は50dBくらいあります。
マスターズアンプは30dB程度と少なくしています。
外観は縦長でスペースを取らないかたちとして、“MASTERS BA-225”としてリリース致しました。
12W+12Wの小パワーアンプですが、電気的特性としては、残留ノイズ30μV以下という極小ノイズアンプになりました。
予測より多くの注文をいただき、特に、3台一括注文の方もおられ、好評にスタートできました。
次回は、反転アンプ、フルバランス増幅アンプなどユニークなアンプのお話が続きます。