イシノラボ/マスターズ店長の連載

第1弾 日本オーディオ史

第80回 さらなる発展を目指して

バランス伝送・増幅回路について

サンスイ在籍時、バランス増幅のメリットを提唱し、Xバランス回路として実現したのですが、MASTERSアンプでは、以下に記述するように、もう少し考慮・検討をしてみようと思いました。

バランス伝送

バランス伝送技術は、トランス全盛の頃から採用されていた技術で、外来ノイズに強い方式です。
かつて、長距離電話伝送には不可欠でした。そして、ライブ会場のPA(SR)では必須な方式です。もちろん放送局の音声伝送はバランスラインです。
ホームオーディオ用においては、オーディオラインの伝送距離はせいぜい10mくらいですから、バランス伝送の必要性はないと考えられてきました。
ところが近年の電磁波(携帯電話等)ノイズが溢れている状況下では、バランス伝送はメリットがあるでしょう。

バランス増幅

パワーアンプに限って言えば、最終的にスピーカーを駆動するときに、スピーカー端子の片側からドライブ(シングルエンドと呼ぶ)するか、両側からドライブするかの違いになります。
半導体アンプはSEPP回路が基本ですから、まさしく、スピーカーの片側からのドライブになります。SEPPとはシングルエンド・プッシュ・プルの略称です。

シングルエンドとは片側のアンプからの増幅作用原点ともいうべきものと理解してください。SEPPは片側の出力ポイントからグランドへ流れる増幅回路で、その間にスピーカーを挟むと、音が出ることになります。
このようなアンプをグラウンデッドアンプまたはハーフ・ブリッジアンプとも呼びます。
これまでの大多数のアンプがこの方式のアンプといえます。

バランス増幅は、パワーアンプを例にして述べると、スピーカーユニットの+、-両側端子から、スピーカーをドライブすることになります。
列車で例えると、客車の前後に機関車がついて、先頭機関車は引っ張り、後方機関車は押しで、客車を動かすことと思えばよいでしょう。ただ、この列車は前後に行ったり、来たりします。2台の方向の異なった動き(互いに逆位相)になります。

この現象、動き方をプッシュ・プル(押す、引っ張る)と呼びます。フルブリッジとか、ブリッジ接続とも呼びます。
2台のアンプはSP側を半分ずつ負担して、受け持つことになります。すなわち、8Ωスピーカーなら、スピーカーの負荷を4Ω、4Ω負担することになりますから、それぞれのアンプは4Ω負荷動作になります。
4Ω動作になると、アンプの出力は2倍になります。そこで、ブリッジ動作(2台のアンプ動作)のときは、1台で動かすときの、2倍(3dB)+2倍(3dB)=4倍(6dB)のパワーが出てくることになります。
ブリッジ接続時、アンプの出力インピーダンスが2倍になるという指摘に対して、このゲインアップした分(3dBづつ)NFB量を増せば、出力インピーダンスは同じになり、増えません。
また、半導体パワーデバイスは低い電圧で動作させたほうがリニアリティが良いので、これも問題にはなりません。
ブリッジ接続での増幅はバランス増幅といえて、半導体アンプでは、バランス増幅→(フル)ブリッジ接続により具体化されると言えます。

私は、ブリッジ接続の一番のメリットはアンプのグランド(アース)にまったく関係なくスピーカーをドライブできる点にあると考えます。
アンプ電源の供給は、交流から直流に整流して、それもできるだけAC分(リップルと言う)が少ないことが良いサウンドを得る必須事項です。
ハーフ・ブリッジアンプでは、電源トランスによるセンターブリッジ式整流において、ハーフ・ブリッジアンプのマイナスポイントと整流リップル電流との起点が一緒になってしまうのです。この現象は定量的にカレントプルーブを使えば観測できます(かつて、ブログ「151.新開発“Xカレント回路”とは!(詳細説明)」にその様子を示しています)。スピーカーのマイナス点に流れる電流と整流リップル電流とか混在しているのです。
この状況を避けるため、アンプメーカーは対策を打ってきましたが、充分ではありません。例えばケンウッドでは、スピーカーのマイナスポイントとリップル成分とがぶつかる箇所を、プリント基板上のパターンで対策していました。また、他のメーカーでは、整流ケミコンのリップル部とスピーカーマイナスポイントをケーブルで一緒に配線しない程度の方法しかありませんでした。
サンスイでは、連載に記したように、センタータップ整流において工夫を凝らしていました。また、Xカレント回路を搭載した、“MASTERS AU-900X”シリーズアンプでは、混在しないような方式となって、改善されています。

理想的には、バッテリー電源にすれば完全な直流ですから、このような汚染された成分はスピーカーに混じる現象は皆無になります。

“バッテリードライブにすると、どうして、静かに、透明で、清らかなサウンドになるのだろう!?”という感想をユーザー様からいただきますが、まさにハーフ・ブリッジアンプの究極の解決法はここにあるともいえます。
“バッテリードライブにするとパワー感が少なくなる”と指摘する評論家の方がおられますが、それは大げさに言えば、汚染された成分がパワー感を助長したのではないかと考えます。
それは、正直な感想で、あえて疑うところはありません。

バランス増幅アンプの発売

バランス増幅の方法が整ってきたので、いよいよ、バランス増幅アンプの発売になりました。その内容は以下のようにまとまりました。

そのほかの内容としては、この当時はSPリレーを搭載していました。まだ、リレー不要というところまで検討を進めず、従来の常識を踏襲していました。
また、アンバランス入力に対しては、バランス変換回路を載せて対応しました。このあとのZバランス回路にすれば、バランス変換回路不要であることには、当時はまだ気が回っておりませんでした

『そのパフォーマンス』

初段FET差動回路はローノイズFETがパラレルに接続される形になっているので、ノイズ発生は計算上、測定上も極めて優秀なS/N比とまりました。残留ノイズ30μVレベルは聴いていて気持ちが良いものです。
そして、パワーは充分過ぎるほどで、クリア、透明、奥行き感の表現が秀逸で、かつ、パワー感も充分でした。
特に、フィメールジャズボーカルは、そのくちびるの表情やバックのサポートバンドとミクシングとの組み立てが、担当したレコーディングエンジニアの腕前が良く分かる感じを聴き取れました。
クラシックでは、“春の祭典”(ゲルギエフ指揮)のパフォーマンスは、コンサートホールで聴くような、いや、それ以上の細部まで聴き取れる感激を覚えました。
この演奏はゲルギエフとキーロフ歌劇場管弦楽団とがちょうど来日していて、所沢大ホールの前席で、複雑な乱拍子、不協和音の連続なすさまじさを聴いてきたので、その体験はBA-225FB/MOSのヒアリングには大いに役立ちました。

『製作に追われる』

まず、ケースは名古屋の明電機工(すでに廃業で、何と1・6ミリ厚の鋼板で作ってくれたので、重く、頑丈でした。デザインは私が担当したので、まとまりがイマイチで、アマチュア風となったのは仕方がありませんでした。
また、価格がリーズナブルな(安かった?)せいもあって、注文は個人会社としてはありがたいほど寄せられました。
けれども、このブリッジバランスアンプは、それからZバランスアンプへと進化していくのです。順次、ご紹介したいと思います。

フォノイコライザー回路の開発

CDが支配的になって、アナログレコードは急速に衰退しました。私も、1990年頃には、“もう、アナログレコードは要らない!”と言って、500枚以上を処分してしまい、残ったレコードは倉庫に押し込んでおくようになってしまいました。
けれども、2000年頃になって、次第に、CDのサウンドは?という声が上がり始めました。どうも、CDサウンドは何か独特の味がするのです。これは、マスターテープ(原音)とCDとを比較してみると認識できます。特に、サンプリング周波数が20kHzの通常CDでは顕著でした。CDサウンドは決していやなサウンドではないのですが、やはり、その味わいは違うのです。
同じように、アナログレコードサウンドとマスターテープサウンドとは違いますが、こちらのほうが聴き慣れもあるせいか、くせのないサウンドのように感じるのです。もちろん、使うカートリッジによって、その音色は違います。
そこで、改めて、原音追究などという次元は違う、聴いて感動と共感の得られるサウンドを目指して、フォノイコライザーアンプを検討してみたい気になってきました。

1970年代後半のサンスイ在籍時、、技術部の提案で、各自、良いと思うフォノイコライザーを試作して、ヒアリングチェックしようということがありました。
当時、アンプ設計者はそれだけの検討時間がとれたのです。何と、8種類のフォノイコライザーが出品されました。現在でも、手元にそれらの回路レポートが残っています。
ヒアリングメンバーは私を含め3名で、音源は主として、ボーカルが入ったものを選びました。カートリッジはエンパイアー4000DIIIを使いました。結果はダイアモンド差動回路がその応答性が良い感じのサウンドとなって、以後、CDが登場して、フォノ回路に力点を置かなくなった時まで採用されました。
そのようなことを思い出しながら、マスターズのフォノイコライザーはどうすべきかを考えていました。1970年代、アメリカ出張時に買い求めたAPIのモジュールアンプが数個手持ちとしてありました。
なぜ、持っていたかというと、ポップ歌謡曲全盛の頃、私はスタジオサウンドを聴く機会に恵まれていました。東芝スタジオ、毛利スタジオ、音響ハウスなど。
その中で、最も、好印象を受けたのは、東芝スタジオに設置されていたAPIコンソールでした。そのコクのある少し濃厚なサウンドは魅力的でした。APIコンソールについて調べると、自社開発のモジュールアンプを採用しており、API2520とネーミングされて、そのモジュールを個別にアメリカで入手できたのです。
当時、放送用コンソールを製作していたタムラ製作所の方から聞いたお話しでは、彼らもAPIを高く評価して、入手して、X線撮影したり、分解したりして、内部回路を調べて、同等のユニットを作って、自社コンソールに採用したことがあるということでした。
そうしているうちに、コンソールもデジタルミクシングへと移行し、アナログミクシング・コンソールは交代し、デジタルミクシング・コンソールが普及してきました。1990年代の前半の頃です。
日本では、具体的には、SSL(ソリッド・ステート・ロジック)のデジタルミクシング・コンソールが普及してきました。大変高価だったようですが、時代に乗り遅れないように、無理して購入したスタジオも少なくなかったと聞きます。

ところで、API2520モジュールは入手したもののそのままになっていました。
マスターズアンプが軌道に乗るようになって、フォノイコライザーを考え秘めました。
とりあえず、手持ちのAPI2520を搭載したプリメインアンプを発売して、瞬く間に、5台が売れて、API2520モジュールが枯渇してしまいました。
API2520の回路を何とか復元しようと、いろいろ調べて、回路が明らかになってきました。その回路は何とサンスイAU-607のパワーアンプ回路と共通点がありました。
具体的には差動2段、差動プッシュプルの3段増幅回路構成でした。推奨電源電圧は±15V~±18Vです。APIコンソールでは、ラインアンプ増幅用を主体として使用したようです。
API2520回路を復元するかたちで、試作し、細部の修正をしながら、ヒアリング検討を加えて、アナログレコードが魅力的に聴こえるようになりました。
それを機に、プリント基板を起こし、マスターズアンプのフォノイコライザー回路部としました。
より表情が細やかに、よりダイナミックに再現される感じになってきました。ある意味、もはや、CDサウンドとは次元の異なるサウンド世界に行き着いたように感じています。
真空管整流による±2電源を構成するのは例がなく、独自性を示すことができたように思っています。
CDが普及し始めた頃、もうアナログレコードが終焉と勝手に判断し、手持ちレコードを数百枚処分したのを悔やむようになりました。その後、アナログレコードを買うようになってしまったのは皮肉なことです。

真空管フォノイコライザーはどうか!

真空管フォノイコライザーはS/N比の点で半導体フォノイコライザーにかなわないところがありますが、真空管ヒーターのDC点灯等の考慮を加えると、充分楽しめるパフォーマンスになります。
特に、電源電圧が高くなるので、ダイナミックレンジが取れるのが強みです。真空管でフォノイコライザーをリクエストする方がおられ、私としても真空管フォノイコライザーを味わいたい気持ちもあるので検討してみました。
2段構成の標準的な構成も悪くはありません。けれども、マランツ式フォノイコライザーでは魅力的なサウンドが楽しめました。但し、3段増幅タイプですので、グリッドには負性抵抗をキャンセルする抵抗(1.2kΩ)をカソードフォロアー段のグリッドにシリーズに入れると、さらに安定した感じのパフォーマンスが得られました。
従って、お客様からのリクエストがあるときはこの回路方式をお勧めしております。

ここまで、つたない文をお読みくださいましてありがとうございます。
次回はパッシブプリアンプの開発に至った経緯をお話します。