イシノラボ/マスターズ店長の連載

第1弾 日本オーディオ史

第81回 パッシブプリアンプを開発する

そのきっかけ

CTS時代、当時、カウンターポイントの輸入代理店だった“ノア”の野田社長から、カウンターポイントブランドで、抵抗式パッシブプリアンプを委託され、製作したところからきっかけが生まれたといえます。
(ちなみにカウンターポイントとは音楽用語の対位法を意味し、ドイツ語ではコントラプンクトとなります。)

当時はCDがリリースされてまだ、それほどの月日が経っていない頃でした。そのパフォーマンスは結構良かったのです。

CD出力がmax2Vに規定されて、ライン出力150mVのアナログレコード時代に比べ、20dB以上のハイレベルでした。
だから、それまでの150mV→1V(約17dB)までの増幅を担ったプリアンプは必要ないような状況と、実際、プリアンプ不要論さえ出てきました。

けれども、入力レベルを調整するボリュームが付いていないパワーアンプには、音量調整機能が付いた機器が必要でした。

一方、阪東電機(トランスメーカー)に転職したサンスイOBから、お呼びがかかりました。訪問してみると、これを組み立ててくれないかといいます。
それは、単巻トランスが2個付いたトランス式パッシブプリアンプでした。
そして、LUXブランド製品のOEMビジネスと言う。その構造は木材と銅板を組み合わせた取付構造でありました。
“手伝ってくれ!”との依頼でした。当時、すぐ取り掛かれなかったので、しばらく待って欲しいと言って、その場は終わりました。

しばらくして、再度、訪問すると、このビジネスは予定の半分(300台くらい)で終了したとのことでした。
“どうして?そうなったんだろう?”と聞くと、どうも、LUX技術陣にアンプ優先の部長がいて、打ち切りしたい意思があったらしいと言われました。

このことはこれで終わってしまい。“LUX90年史”の書籍にも触れられることなく、葬りさられたかっこうになっています。
けれども、売れ残ることなく無く完売したらしいです。

アンプ優先論者は“トランスはナローレンジ、ひずみがあるという!”と言う誤った偏見であったろうと思います。
LUXに古くから在籍していたトランス関係者は発言をそがれてしまったらしいです。
結果的には、余ったRCA端子を600個頂いて、この話は終わってしまいました。

マスターズブランドのプリアンプを開発したい

アクティブ回路によるプリアンプはすぐ作れますが、普通のプリアンプではうまくいきそうもありませんでした。
と言うのは、CD主体になったオーディオアンプにおいては、プリアンプの主たる働きは音量調整機能になっていたからでした。

アナログレコードにまったく目が向けられなくなった当時、せいぜい、プリアンプゲインは6dB(2倍)もあれば充分でした。

利得6dBのアクティブアンプとなると、半導体アンプの場合ではオープンループゲインが60dB以上とれるのが普通であるから、多量NFBアンプとなり、プリアンプと言えども、音質の良好なアンプとするには優しくなかったと思われますし、常識と言えましょう。

それにアクティブアンプは、入力信号はコントロール信号で、出力段の電流量をコントロールすることが基本です。
このような増幅デバイスのリニアリティは小出力時においては0.02%くらいの低ひずみになりますが、少し入力が大きくなると、ひずみは増大し、0.5%~5%くらいに悪化します。
それをNFBで抑制するのがアクティブアンプなのです。また、アクティブアンプのS/N比は最高に頑張っても、-100dBくらいが限度です。
NFBを掛けても、残留ノイズは下がっても、同量、増幅度が低下しますから、S/N比は変わりません。

そこで、私はアクティブプリアンプを作るときは、バランス増幅タイプとして、バランス増幅のメリットがあるときだけにしようと密かに思いました。

パッシブプリアンプの開発スタート

まず、どの程度のリニアリティがトランスに生じるのか?サンスイ時代からお世話になっておるタムラOBのY・Yさんにまずはオリエントコアで、単巻トランスを巻いてもらいました。

ひずみを測定すると、ひずみがわずか(0.02%程度:1kHz/2V)にあるのが分かりました。けれども、ノイズはまったくなく、有望を感じました。

そこで、Y・Yさんが最高級パーマロイコアを持っているというので、試作してもらいました。それを測定してみると無ひずみでした。つまり、発振器のひずみと同じです。
やはり、通信用トランスやMCヘッドトランスにパーマロイコアを使っているのが納得できました。
やはり、原子レベルでの磁界に対する磁化特性が非常に優れているのでした。
そこで、コアをパーマロイコアとするに決めました。

今度は音量可変範囲をどうするかの課題が出てきました。最大減衰レベルはこれまでの抵抗ボリュームを見てみると、-60dB以上必要でした。
ちなみにアルプスの27型デテントボリュームは-75dB絞れています。
低レベルレンジでは抵抗にする(ハイブリッド式)にすれば可能でしたが、それではトランス式パッシブプリとしても音質が低レベルでは変わってしまうので、純粋にトランスだけでいこうと思いました。

そこで、頑張って、-66dBと設定してみました。
そうして、最少巻数を1ターンとすると、そこから66dB上がるレベルは2000倍となり、2000ターンとなります。

音量可変用ロータリースイッチを、試しに中国製を使用してみました。フィーリングは悪いし、接点切替ノイズもあり、¥2,500でしたが、さんざん。

やはり、世界最高のロータリースイッチはセイデンです。

そうして、試作機を造り、まずは電気性能をチェック、当たり前ですが、音量減衰値は0.01dBの精度、むしろ、測定したアナライザーの誤差を見つけるような正確さでした。

ひずみ測定してみると、0.005%くらいあり、“この程度なら最高!”と思い、念のため、発振器だけのひすみを測定したら、0.005%、つまり、トランスはひずまないということです。
さらに、発振器の性能を整備して、0.002%と最高レベルの低ひずみの発振器で測定したら、発振器と同じ、0.002%でした。

そして、ノイズはまったく、発生していないことも確認できました。このことが、アンプでは実現できない素晴らしさでもあるのです。

次に、ヒアリングに掛かりました。モニタースピーカはTANNOY アーデン(アルニコ仕様)です。
パワーアンプはAU-900X(原器)というべきものです。入力はパワーアンプダイレクトです。

何というピュアさと言ったら良いのでしょうか?アクティブプリアンプのサウンドに慣れ切ったサウンドとは異なります。
料理で言えば、フレンチ/イタリアンと、和食のお造りのような違いと私は感じました。音源の素材の違いが見えるようです。
これが本当のサウンド!と感激に浸ってしまいました。

トランスを製作してくれたY・Yさんも聴きたいというので、もう1台造り、納品しました。大好評でした。

次いで、近所の高校時代からのオーディオファンでうるさいY・Tさん。こちらで、聴いて、早速注文、納品にはY・Tさん宅を訪問して、一緒に確認しました。
ここはTANNOYのバークレイでした。室内楽や17世紀のバロック音楽が好きなY・Tさん。
このようなある意味特殊な音楽にも冴えわたった音色で、大好評でした。

製品として発売に際して、ゲインが0dBでは使いにくい方もいると思われるので、巻線タップを利用して、0、+3、+6dBまでの3段階をスイッチで切り替えられようにしました。
これが大好評で、オーディオ研究者として素晴らしいM・Mさんから注文をいただきました。

アキュフェーズのデジタルチャンネルデバイダーが低ビット動作なので、動作電圧レベルをアップして、本来のデジタルチャンデバの性能発揮するように+12dBタイプのカスタムプリアンプも納品しました。

大好評でパッシブプリアンプとして定着する

次に、バランス対応パッシブプリアンプの開発に取り組みました。バランス伝送となりますと、トランスはステレオですと2倍の4個となります。

減衰用ロータリースイッチは4回路と複雑で大型、そして、高価になります。
これも、マスターズZバランス増幅パワーアンプだけでなく、BA-218にも最適なパフォーマンスとなりました。

また、興味があるのは、山水のXバランス回路搭載のアンプのパワーアンプダイレクトにプリアンプとして組み合わせますと、優れたサウンドとなることも確認しました。
他のメーカー製アンプではバランス増幅アンプは少ないですが、組み合わせると良好なサウンドとなります。

考えてみれば、CDにおけるD/Aコンバーター用LSIはダブルエンド(バランス出力)が元々あるので、これらのバランス出力に最適に対応します。

次は、アンバランス(RCA)入力に対して、バランス変換して、バランス用パッシブプリアンプとしてほしいというリクエストです。

始めは、タムラの通信用トランスを内部に入れて、アンバラ~バランス変換したうえで、バランスパッシブトランスで音量可変をおこなう方式を採りました。
けれども、トランスを2回通すより、1回でおこなったほうがよりピュアな信号の扱いになるので、それから2年後、単巻トランスに巻線を巻き込んで、アンバランス(RCA)入力に対応することを考えました。
大変良い結果となり、CA-999FBG/ACを誕生させることができました。ほかにない優れた方式と自賛しておりますが、そのサウンドパフォーマンスは素晴らしいです。

ファインメットコアの採用のお話は、2016年4月10日のブログ「ファインメットコアのパッシブプリアンプへの採用検討」にありますので、興味のある方は眺めていただければと思います。。

なお、ファインメットコアはカットコア形状ですので、ボビンのスペースを広く取れ、より太い巻線を巻けるメリットがあります。
それにより、ヘッドフォンをよりパワフルにドライブするメリットが生まれました。CA-777GFM/HPで製品化されて、大好評です。

つたない文章をお読みくださってありがとうございます。今後、さらに良いパッシブプリアンプの開発に励んでいくつもりです。

まだ、まだ、続きます。