イシノラボ/マスターズ店長の連載
第1弾 日本オーディオ史
第15回 次期モデルの開発
先日、NHKFMの日曜喫茶室なる番組を聴いていたら、社会学者の方がこれからは過去のいきさつを伝えておくために書き留めておいたほうが良いと言っていた。最近は”自分史”なるものを自費出版される方も見受けられる。多くは”自慢史”であって、これは困ると苦言を呈していた。確かに人間の記憶は嫌なものは忘れるように出来ている。そうしないと、ストレスで皆さんうつ病になってしまう。忘れられないことはトラウマになってこれも良くない。私は客観的に記しているつもりであるが、そこに自己主張もある、それがジコチューにならないように留意して今後の連載に続けるつもりである。
新型試作ケミコンの評価と、その取扱
日コン開発部はブロック型ケミコンの研究に熱心で、オーバル型のケミコンを試作品として、提出してきた。中身は2個のケミコンユニットをパラレル接続してあり、引出タブも従来品よりも多く、全体として、高周波に渡って、損失が少なく、かつ、層間紙、電解液、エッチング倍率などを検討して、イオン伝導速度を聴感的に早くしてあると言う。試作原器の電源部に付けてみると、なるほど、ケミコンで感じるもたもたしてところもなく、すっきり、瞬発力がある。コストは当然高価で、次期アンプにはAU−907クラスでないと、厳しいようだ。これを2電源構成で4個使うとなると、相当原価に響いてくる。しかし、このサウンドには新鮮なものがあった。どうしても採用しようと自分では決めていた。日コンには予約して他に出さないように頼んだ。
新回路の開発
14回で記述したような成り行きで、開発はスタートした。マイナス側のレベルシフト回路を無くすには、マイナス側の3段目の差動プッシュプルに直結すようにするには、2段目のマイナス側の出力はマイナスの電源電圧に近いものでなければならない。TT君はそこで、差動回路を上下に2個、コンプリメンタリーのかたちで、入れられないか?そうすれば3段目には直結出来るDC電位になる。2段目のバイアスはどう作るか?少なくとも0.6V×3=1.8V以上の電圧をどっかで作らなければならない。TT君は初段差動回路のドレイン側に付加抵抗にシリーズにダイオード3個を入れれば、直結回路が実現出来ると考えた。やってみると、うまく動作した。しかも上下のコンプリメンタリー差動回路はDC的にも極めて安定であった。2段目のゲインは4倍(12dB)程度とあまり稼がないほうがより安定することも分かってきた。この回路の動作は入力が大きくなり、B−E間の電圧が大きくなり、クリップする近くになると、上下の差動回路は両方ともONして、±の電源電圧がフルにかかることになる。ということは、極めて高いスルーレートであることを示すと共に、後続する回路を思い切りドライブすることになる。いき過ぎた場合はダーリントントランジスタ、パワートランジスタのASO(Area of Safe Operation:安全動作領域)を超えてしまう。すなわち、このような事態では以後の半導体は全部壊れる危険性があった。ASO領域は電源電圧が高くなると、電流値が小さくなるので、ハイパワーアンプになればなるほど、危ない回路でもあった。また、初段はFETのクロスポイントまで流しているのでスルーレートを制限することは無かった。3段目も2段目同様な動作になるので、この新回路の立ち上がりは極めて高く、早いことが分かってきた。位相補償もAU−607回路に比べて、理論どおりの位相補償がおこなえ、シンプルになり、部分帰還回路を施す必要がなかった。また、電源変動に対するDC安定度も優秀であった。
この回路でTT君は100Wのステレオパワーアンプをハンドメイドサンプルとして作った。音質部品などの考慮を払わず、普通の部品で組みたてた。さっそく、聴いてみようということになって、関係者が集まって、ヒアリングテストすることになった。これまで聴いたことのないフレッシュでシャープなサウンドであった。良い意味で恐怖感を覚えるサウンドであった。このアンプは原器アンプとして、封印された。
新回路による原器アンプのスルーレートは200V/μsを軽く超えた。ひずみも20KHz0.005%以下にはなった。この新回路は今後の発展性を秘めているとわたしは密かに確信した。それはその3年後に進展することになる。
すぐさま、TT君を中心として、パテント申請がなされ、成立したことは言うまでもない。月日が経た現在では、このパテントは当然切れている。
回路ネーミングをどうするか?
新回路成功で、関係部門が集まった(会社はそうゆうものだ。)。開発部、技術部、企画部、宣伝部、パテント管理部、であれこれとミーテングとなったが、決定にはそれほど時間はかからなかった。
この回路を回路的に無理に言ってみれば、コンプリメンタリー・デュアル差動回路となるのであろうが、あまり面白くない。そこで、回路を眺めてみると、コンプリメンタりーの結合部は4回路が結集するかたちで十字の図形になる。十字→クロス→ダイヤモンドと言える。それではダイヤモンド差動回路(現在でもこのような誤記があるのを見かけるが、そこまでは仕方ない)にしようと言うことになったが、パテント管理部から、ダイヤモンドは三菱ダイヤトーンの類似商標になるかもとアドバイスがあった。それでは英語発音に近いダイアモンド差動回路にしようと言うことになった。この時期に山水ではVINTAGEをVOLTAGEからの発想で商標登録している。資生堂のVINTAGEがよく売れていたときであった。商標登録は分類が違えば、同じものでも認可登録される。VINTAGEは後に記すAU−X1のキャッチコピーとして役立った。
呼び方のことといえばコロンビアは国名で、コロムビアは日本コロムビアのことである。
2006年6月4日掲載
第14回 発売後の結果と評判、次の戦略 |
第1弾 日本オーディオ史 |
第16回 Dクラスアンプの黎明期にあったこと |