イシノラボ/マスターズ店長の連載
第1弾 日本オーディオ史
第64回 ロジャース・インターナショナル・JAPANが動き出す
東京事務所ができる
(株)CTSは、大変な苦労と労力と情熱を注いで仲間と設立した会社であったが、私は退くことにした。喪失感が襲ってきたが、何とか気持ちの整理をした。家族は慰労会を開いてくれ、おいしい家族食事会ができた。
また、退いた会社の技術部門の方々とは非常に良い関係が保てた。オーディオ業界は狭い!いずれ、協力するビジネスが出てくるだろうと思った。
6月から、恵比寿駅から徒歩5分の山本ビルの2Fに東京事務所というかたちで、ロジャース・インターナショナル・JAPANはスタートした。
しばらくは、英語堪能なサンスイOBの方と私の2人だけでの所帯であった。事務机,パソコン,測定器等の事務用品を揃えるところからのスタートであった。
ロジャースは、当面のビジネスの中心を香港に置き、そこで、ロジャース・イギリスの生産、資金コントロールをおこなうかたちとなった。
しばらくして、オーナーのリチャード・リー(香港人)さんが面接したいと言うので、ことがあと先になったが、香港に飛んだ。
香港は何度も来ているので、特に感慨は無かった。ロジャース・インターナショナルのオフィイスは香港島の中心(ビジネスセンター)にあり、和気(オーナー会社)はかなりの資金力があると感じた。ロジャース関係は、6人程度の香港人で構成され、トップは日本人、サンスイOBであった。
オーナーのリチャードさんは当時、まだ、40才そこそこで、2代目オーナーとして売出し中であった。私との面接は短時間で、特に質疑もなかった。
私は、自分の能力、人脈を発揮するするしかないと思って帰国した。
真空管アンプの開発が進む
5月に渡英したとき、商品化が決定した真空管プリメインアンプは、6月末には試作スタートするとのメールが、アンディとピーターから届いた。
ピーターは、知り合いのオランダ人のエンジニアのクラウスさんという方に試作を頼んだと言ってきた。ほぼ1か月で、2機種の試作機が事務所に届いた。 試作機の造り方は日本人と違っていて、ブレッドボードに真空管ソケットを取付け、さらにCRを付けて、配線するという方式であった。写真で見るように、それなりの精度感があり、また、丁寧な作り方で好感が持てた。キーパーツのトランスは、飾り気のない合わせバンド型であった。
測定してみると、20WタイプのE-20aは、最大パワーが18W位で少し不足。E-40aは40W、見事に出た。両機種ともAクラス動作を謳っているので、アイドリング電流が多く、アンプ全体は熱くなりそうだった。
いずれにしても、6L6GTは、スクリーングリッド電圧が270V以下に制限されるので、パワーについては、私はこれ以上リクエストしなかった。
E-20aの回路は、初段(ECC83)で増幅、2段目の6SN7で増幅した信号を別の6SN7のグリッドに取り込み、6SN7で増幅して、位相反転をおこなっていた。そのためか、ACバランス回路を設けてあった。
バイアス回路は、簡単に済ませるようにカソードバイアス方式であった。ヒーター回路は12.6VによるDC点灯であった。これは少し驚いた。
フォノ回路は無帰還CR型であった。この時は指摘しなかったが、無帰還であるために接続する負荷インピーダンスの影響を受け、RIAA特性の上昇、下降は甘くなり、1~2dB足りなくなる傾向にあった。
E-40aは、6L6パラプッシュプルでこれは40Wきっちり出た。6SN7のカソードフォロアー、固定バイアス回路であったからであった。
前段の回路はE-20aとほぼ同じ構成であった。E-40aもCR型フォノイコライザー回路を搭載して、電圧増幅部はすべて、ヒーターはDC点灯。 残留ノイズは両機種ともに少ないほうであった。NFB量も10dB程度で好ましかった。
次に、ロジャースLS5/9,LS3/5Aに接続して、ヒアリングしてみた。E-20aは軽々としたサウンドで、重厚感に欠けるが、このような反応の良いサウンドは悪くないと判断した。E-40aは“ズシッ!”とくるサウンドで、さすがに、パラプッシュプル、カソードフォロアー・ドライブだけのことがあると、気に入った。両機種ともに1次試作機はOKと連絡した。彼らは、それでは、このアンプの工業デザインをおこなう、若手イギリス人デザイナーを起用すると言ってきた。少しして、デザインスケッチが届いた。両機種ともに同じ外形、同じデザインになっていた。確かに、シャーシが異なると原価面、在庫面で大変になるので、2機種統合には賛成した。そうなると、どうしても下位機種のほうに価値感が出るのは仕方ないな!と感じていた。(ちょうど、607,707が同じデザインであり、いくら707の回路を素晴らしくしても、売行きは607であったことと同じ現象が起こると感じた。)
平面の鋼製の板金に、プリント基板、トランス類を載せて、アンプを構成して、そのうえに砂型で作ったケースを載せ、天板には、アーチ状にステンレス板を貼って、アンプとなる。ステンレス板にはパンチング穴が開けられて、放熱するようになっていた。フロント、リアの印刷?と質問すると、ステンレス板の前後にスクリーン印刷を施して、操作が分かるようにすると言う。この発想は日本人では浮かばないユニークなデザインであった。美しくはないが個性的であった。このデザインで量産試作品を作ろうと言うことになった。
試作品は割と早く届いた。写真で見るように、ステンレスパンチング板が背高く載せられたかっこうで、重心高く、かっこうが良くなかった。彼等も同感らしく、すぐ修正すると言ってきた。やがて、アーチ状ステンレスパンチング板の貼る面積を少なくして、アンプの最大高さを低くすると言ってきた。
私もそうすべきと答えたら、すばやく修正して、プリプロに入ると言う。
量産スタートに入る前に、性能,デザイン等を確認に来てほしいと言ってきた。再び渡英することとなった。
再度、イギリスに渡る
ロジャース・インターナショナルは割とお金に渋く、遠回りの香港経由、キャセイ航空のチケットを送ってきた。14時間くらい掛かって、やっとヒースロー空港に着いた。アンディが空港に迎えに来てくれた。すぐ、オーディオノートUKがあるブライトンにクルマで向かった。ブライトンは、ドーバー海峡沿いにある保養地で、イギリス王室の宮殿が残っている気候温暖なところと言う。
宿泊するホテルは、すぐ海岸が見える民宿みたいな安宿で、1泊¥5,000くらい、朝飯はトーストにコーヒーだけ、シャワールームは共同でお湯はちょぼちょぼ、とひどい待遇。そのようなホテルでも、若い日本人女子がいた。話をしてみると、ブライトンの語学学校でこれから語学研修を受けると言う。全寮制で、スイスの女の子と同室になるので、いやおうなく、日本語はまったく通じなく、これが英語習得の近道と思った。
それはそれとして、イギリスの食べ物はまずく、フィッシュ&チップスを食べてみたが、おいしくもなかった。夕飯は仕方なく、イタリアンと中華を交互にレストランで食べる羽目になった。
イギリスの工場のスタートは早い、9月であったので、サマータイム。オーディオノートUK工場は、朝7:30には動いていた。作っているアンプはすべて真空管アンプであった。
アンディは仕事があるからと言って、昨日帰ってしまったので、私一人で、彼等と仕事することになった。さっそく、試作室でE-20aのプリプロ品を造ることになった。回路図とプリント基板パターン関係資料を渡された。
“あとは好きなように、納期さえ守ってくれれば良い”と言われたので、まずは、プリント基板をチェックすることにした。
メインプリント基板は、電源部とアンプ部が一体となっていた。
プリント基板は2mm厚、両面スルーホール、L社のSQ38Signatureの基板より立派で、強度があった。抵抗はイタリア製の金属皮膜、コンデンサはドイツ製、ケミコンは一部、日本製。基板を組み立てる前に、このアンプの放熱はどうなるのか?と質問してみた。天面はパンチング穴が開いているので、何とかなるかな(円形穴は限界いっぱい開けても、開口率は38%)!と思って、特にコメントしなかった。下からの空気の流れは基板でさえぎられてしまっていた。そこで、プリント基板に通風穴をあけようと提案したら、そうしてくれと言ってきた。穴の径、数は任せると言ってくれたので、ボール盤で、開けられるスペースいっぱいにφ4の穴をあけた。これで、けっこうな風の流れになった。Aクラスアンプだから、プレート損失は大きくなり、真空管面が熱くなるからである。
プリント基板の組立は順調に進み、1日目で入力基板,フォノ基板等を組み上げてしまった。もう少しやろうかと思ったが、工場は16:30には作業終了。みなさん帰ってしまうので、仕方なく、ホテルに帰る。
戻っても、まだ外は明るい。一人なので、やることがなく、仕方なくTVを見ていたら、アンティーク会場から中継で、家具の査定を目利きの方が出てきて、そのものに値段を付けていた。
““お宝鑑定団”がイギリスでもやっている!”とびっくり。後日、イギリス人に聞いたら、“かなり古くからこの番組はあるよ!”と言われた。そうなると、日本のTV局がパクったことになりそうである。勿論、“お宝鑑定団”のほうが、番組構成が洗練されていたが。
あと、ニュースチャンネル見ても、東は香港止まり、日本のニュースは1週間TVを見て一度もなかった。やはり、ヨーロッパから見れば、日本は極東(ファーイースト)と言われるだけの地理的位置だ。あと、イギリス人は議論好き、議論をただただ戦わせているTV番組の多いこと!
翌日、プリント基板が完成したので、アンプ全体を組み上げることにした。
ベースシャーシに電源トランス,出力トランスを取り付け、メイン基板,フォノ基板と取りつけた。そして、スピーカー端子,RCA端子,電源基板を取り付けた。
イギリスは電源電圧240Vと高く、男の子がACコンセントに触れて亡くなった事故があっただけに、電源配線は厳重である。イギリスの屋内配線にアース端子が付いているので、3本足プラグのアース端子はしっかりシャーシに接続されていた。さらにノイズフィルターも設置されていた。プリメインアンプなので、アンプとして完結しているので、日本で3本足の電源ケーブルを使用しても、電源グランドループを作ってハムが出ることはないと判断した。
この時点で、電源を入れて動作試験をしてみることにした。工場の検査ラインを借りた。
うまい具合に異常電流も流れず、各部の電圧は正常であった。最大出力は12V(8Ω)で、20Wに足りないが、よかろう(5%ひずみなら20Wクリア)とした。これでうまく行きそうと、念のため、残留ノイズを測定したら、何と、両chとも、5mV以上あるではないか!思わず、“おかしい?”と慌てていたら、隣にいてくれたライン責任者が“これは電源トランスからの誘導ハムではないか?”と指摘してくれた。“どうも、そうらしい!”と私も思った。
落ち着いて、電源トランスと出力トランスとの相対位置を眺めると、電源トランスのすぐ隣に出力トランスが取り付けられている。構造上、両者を離すことはもう無理。よくよく両トランスのコイル位置を調べると、同じ方向にあるではないか!ライン責任者に相談すると、彼も、“そうらしい”と言ってくれた。彼と一緒に、出力トランスを外し、電源トランスコイルと90度の角度になるように取り付け位置を替えてみた。測定してみた。見事に的中!残留ハムは1mV以下に下がった。“良かった!”と彼も喜んでくれた。すぐに、出力トランスの取り付け金具を90度ずれるように彼は変更手配してくれた。
これで、性能は出た。あとは、ボリュームを取り付け、配線等をおこない、メインシャーシをかぶせ、固定して、ステンレスパンチングプレートを取り付け、ムク構造のクロムメッキの重いノブを取り付けて完成した。
ここまで来て、私は工場の様子を眺める余裕が出てきた。20名くらいの従業員だったろうか。10時になるとティータイムになり、10分ほど休憩、“コーヒー?ティー?”と聞いてきたので、“ティー”と答えて、みんなが飲んでいるところにいったら、すべてコーヒー、私だけがティーだった。イギリスは紅茶の本家という意識は違っていた。ティーはイギリスでも、ティーバッグ方式で、少しがっかり。イギリスは階級社会と聞いていたが、日本のように会社のユニホームを着ていることはなく、いわゆる工員は小汚いTシャツにジーンズで働いていた。金曜日、4時ごろになると、社長(ピーター)夫人が経理担当しているので、封筒にお金を入れて、各人に週給を渡していた。
翌日は、スピーカーをつないで、音を聴いてみた。極上のサウンドとは言えなかったが、軽やかでスムーズに出るサウンドは好感が持てた。
E-40aは量産の進捗が少し遅れており、心配であったが、“あとは任せてくれ”というので、“信頼して任せよう!”と判断し、アンディと日本のオフィスに連絡した。
約8日間の滞在で、日曜日はブライトンの宮殿を見学したりして過ごして、帰りはまた香港経由で帰国した。
戻った翌日、血尿が出て、狼狽!すぐ、泌尿器科病院に駆け込んだ。医師は膀胱がんの疑いありと、その場で内視鏡検査を実施。一応、膀胱内部に腫瘍はないと言ってくれた。“様子を見ましょう!”ということで、6か月後にも見て貰ったが異常なし、それからずっと正常で、現在に至っている。やはり、自分なりに、イギリスでの8日間はストレスが強かったのだと思った。
しばらくして、ピーターから、“E-40aもできたが、温度試験でステンレスプレート温度が安全規格をオーバーしている”との連絡が入った。プリント基板の通風口も目いっぱい開けたという。パンチング穴を大きくすると安全規格違反になるのでできないという、“それではどうするの?”と、詰問すると、CE規格は自分で宣言して責任を持てば良いし、わずかのオーバーならこれでいくと言う。ヨーロッパ内の仲間内では結構ゆるいのが実態らしい。日本からの輸入となると、ぐっと厳しくなるようだ(特にドイツ)。だから、日本のアンプを輸出するには、¥80万くらいの費用を掛けて、CE安全規格試験をクリアさせるのが普通である。
E-40aが日本に到着して、PSE規格で温度試験をやってみた。何とか、安全規格をクリアできた。やれやれであった。
おそまつな真空管アンプの開発話でした。
次は、これらの真空管アンプが輸入され、ロジャーススピーカーともども、販売プロモーションする段階になります。
最近、E-20a、40aが日本で、同じデザイン、仕様で、再販売されているようである。懐かしい!
お読みくださいましてありがとうございます。
2014年9月20日掲載
第63回 ロジャース・インターナショナルに加わる |
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