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イシノラボ/マスターズ店長の連載

第1弾 日本オーディオ史

第30回 MCカートリッジ再生への道

プリメインアンプにMCトランス搭載の検討

Fシリーズ・プリメインアンプを発売した、この時期、カートリッジはMCタイプが段々と評判高くなってきた。我々はMMカートリッジ、とりわけ、エンパイア4000DIIIを基準カートリッジとして音質検討してきたので、ユーザーの使っているMCカートリッジによるサウンドと違ってきているのではないかと考え、MCカートリッジをいろいろと買って貰った。Fシリーズ・プリメインアンプにはMCヘッドアンプが搭載されていた。これはDシリーズと大差のないものであった。実際、FシリーズによるMCサウンドはあまり芳しいものでなかった。どこか、ぼけていて、良く言ったら、中庸と言うべきか。いろいろ、MC回路設計者が検討してくれて、大分シャープなサウンドにはなってきたが、どこか、足りない。充実感もない。そこで、たまたま置いてあったMCトランスで再生してみた。結果はMCヘッドアンプより明らかに優れたサウンドと誰もが思った。

まだ、アンプ内にMCトランスを収納することはタブーであった。すなわち、アンプ内に搭載されている電源トランスの誘導磁気で、MCトランスのS/N比、とりわけ、電源ハムノイズが増えて、実用にならないとされていた。私は、シールドのしっかりしたMCトランス、誘導の受けにくい場所、受けにくい収納方法を見つければ、搭載可能ではないかと考えた。この考えは、私がトランスのタムラ製作所に一時在籍して、トランスについて、アンプ設計者よりも経験・知識、それにトランスに対する愛情を持ちえていた。

そもそも、アンプとトランスは原理がまったく異なっている。アンプは電源エネルギーをオーディオ信号で切り分けて、次段に伝えていくものである。従って、そのS/Nはそのアンプの性能で決まる。一方、トランスはそれ自体、まったくS/N比を悪化させない。留意すべきは、外部からの干渉が入り込まないように注意することが肝要だ。

ある時期、上司に、“プリメインアンプにMCトランスを載せたい!”と具申した。上司からは、“原価がアップするだろう!本当にハムらないか?”と問いただされた。ともかく、検討させてくれ、と要請したところ、”それではやってみろ!”と、言ってくれた。

AU−D607F/EXTRA、AU−D707F/EXTRA、AU−D907F/EXTRAの誕生

すぐ、私はタムラ製作所のかつての同期の仲間に連絡し、その旨を伝えた。すぐ、タムラ製作所から、営業及び技術担当が来てくれた。技術担当のYさんは、我々のアンプ開発グループ、Kさんの後輩であったから、話はスムーズに進んだ。私は、アメリカ出張の際、購入したJENSENのマイクトランスがあったので、これをMCトランスとして接続して聴いて貰った。これまでにない、切れ味シャープなきりっとしたサウンドに聴こえた。JENSENのトランスは高価であったがスタジオ関係者には高く評価されていた。しかし、おそろしく高価であった。Yさんはこのトランスを持ち帰り、タムラ社内で検討を加えてくれた。その結果は、これまで標準とされていた設計法とかなり違うことが判ったと言ってきた。“JENSENのようなシャープなサウンドを目標にしてくれ!”と試作を頼んだ。試作MCトランスの仕様は、707、907クラスの上級クラスには、オルトフォンに代表されるローインピーダンス、デノンに代表されるハイインピーダンス、双方が使える入力インピーダンスとした。2次側は1次ハイインピーダンス巻数の10倍(20dB)とした。アンプ2次側の入力インピーダンス47kΩで、最良のサウンドとなるようにするのが目標だ。しばらくして、Yさんは大・小、合わせて30種類以上のサンプルを作って持ってきた。コアはパーマロイ、アモルファスなど、いろいろ。巻線方法もいろいろ。また、プリメインアンプ内への収納スペースから、1個のTKSサイズケースに2個のトランスを入れ込むことをしないと収まらないこともわかってきた。

我々としては、上述のように、電源トランスからの漏洩磁界で、ハムノイズ発生の程度が最も心配であった。幸い、D907Fは内鉄型方式で、さらにシールドケース内に収めていたので、問題なかろうと予測していた。すぐ、ハムノイズテストをやってみた。合格であった。次に、通常のEIタイプトランスを搭載した707は心配であった。これも問題なく合格であった。取り付け場所は電源トランスからもっとも離れたところであったが、このあたりはタムラの通信用トランスの実力発揮で、シールド能力は非常に優れていた。ヒアリングしてみて、アモルファスコアは透明で、深みに沈んでいくようなサウンドで、ある意味、魅力的であった。ちょうどその頃、テクニクスからアモルファスコア採用のMCトランスが発売されて、我々もサンプルを購入してみて、同じような傾向にあった。端的に言えば、新しいサウンドであった。このようなサウンドは、食べ物とおなじで、何回も食べてみて、飽きなければ、定着したと見るべきであろう。ずっと、何十回も聴いてみた。オルトフォンMC20とか、FRとか、繊細サウンドのカートリッジにはマッチするようで、デノンDL103はまずまずとして、オルトフォンSPUでは薄味となって、本来の重心の低いサウンドが薄れるようであった。結論として、アモルファスコアの採用は見送った。パーマロイ系のコアが最もマッチし、コア形状はDLコアと決まった。巻き線方法は2個のコイルを持つバランス巻きとなり、外来磁界にも強い方式となった。トランス本体の収納はウレタンで包み、その上にシールドケースでカバーし、さらにウレタンで包み、その上にトランス2個収納するTKSケースに収める格好になった。プリメインアンプへの搭載は、これもウレタンで包んだところを真鍮(非磁性体)製バンドで、シャーシに搭載することになった。これは、電源トランスが鉄製シャーシ上にあると、シャーシ全体が弱い磁力で磁化し、そこから、発した磁気が漏洩磁束というかたちで、MCトランスとか、フォノイコライザーのハムノイズを助長させるのであった。

AU―D607Fにはコスト的に苦しいので、コアはEIを使用して、コイルは1個だけで済ますことなって、タムラTBSタイプケース(TKSよりも小型)に2個収めることとした。

プリメインアンプに、初めてMCトランスを搭載したこのアンプはさっそく、社内でのヒアリングで、関係者には大好評であった。それでは、外部モニターを兼ねて、評論家の皆様に持ちまわって、コメントをいただくとともに、いろいろなMCカートリッジ、レコードで、どのようなサウンドになるのかをチェックすることも必要であった。

評論家の方の中で、エレクトロニクス出身の方のところに伺ってのアドバイスは、“良いサウンドであると思うが、もっと良くなる方法がある!”と言われた。“それは何ですか?”、私はトランスには他の方より関心高いだけに勢い込んで聞いた。“MCトランスもオートトランス的に使ったほうが立ち上がりシャープなサウンドになるよ!”という事だった。オートトランス的な使い方はあのマッキントッシュアンプが出力段に使用していた。しかし、微少レベルで、しかも20倍以上の昇圧比で、本当にうまくいくかは疑問であった。そこで、その場で、MCトランスの接続を替えて、聴いてみることになった。確かにそのお方の言うように、シャープなサウンドになったように感じた。社内に持ち帰り、再度、聴いてみた、その印象は変わらなかった。あとはハムノイズが増えるなどの副作用がないかとチェックしたが、問題なかった。そこで、オートトランス式にすることにして、外部モニターを続行した。評判はさらに上がった。

そして、新製品として、Fシリーズを発売しから1年後、AU−D607F/EXTRA、AU−D707F/EXTRA、AU−D907F/EXTRAとして誕生した。確か、1981年だったと思う。


2008年 2月19日掲載


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