スルーレート(Slew Rate)とは
スルーレートというと、アンプの立ち上がり応答性を意味すると理解される方がおられますが、これは誤解です。
気になったのは、あるオーディオ誌の記事中で、評論家の方が、“スルーレートの高いアンプはスピード感がある”というような記述をされていたことです。
また、1970年代後半のオーディオアンプ回路開発競争時には、競って、スルーレート値の高いことを誇示していました。そういえば、サンスイのダイアモンド差動回路は入力が大きくなると、電源電圧にまで半導体デバイスがONする性能を有していたので、スルーレートは200V/μsを超える値に結果的になっておりました。
スルーレートはどう測定するかと言うと、【図2】【図3】に示すように、入力に10kHzの矩形波を加え、オシロスコープで、決められた周期(1μVあたり)で、アンプ出力が何Vに立ち上がるかを測定します。
その値は最大出力電圧の最大傾斜(変化率:dV/dt)を示します。
従って、そのアンプにそれ以上の出力電圧を求めても、応答できず、サイン波入力の場合、その形はやせ細り、三角波に変わっていきます。
こう見ると、いかにもアンプの瞬時応答性を示すように思いがちです。
スルーレートはそうではなく、【図1】に示すように、サイン波において、高域で、どの程度電圧を出せるかを示す定常特性です。
もっと、分かりやすく言えば、“高域における出力帯域幅(Power Band Width)の別な表現”とも言えます。それは最大出力電圧において、とりうる周波数の上限を意味します。
そして、サイン波によるアンプ出力電圧とで
の関係にあります。(黒田徹著:トランジスタアンプ設計法より引用)
【写真1】にスルーレート測定画像を示します。
スルーレートから高域パワーバンドへの計算例
例えば、1kHzで30W(15.5V/8Ω)のパワーアンプのスルーレートが2V/μsであったら、
となり、30Wを出せる高域周波数帯域幅は、高域に関しては15kHzで、それ以上にサイン波を入力すると、出力は三角波に変形することを意味しています。
また、スルーレートは、アンプの負荷抵抗の影響は理論的に受けません。
スルーレートから言えること
- 出力の小さいアンプのスルーレートは小さくて良い。出力の大きなアンプはそれなりのスルーレートが必要。
- CHアンプシステムならば、低域,中域用アンプのスルーレートは低くて良い。
スルーレートとアンプ設計との関係
普遍的には、
の関係があります。
具体的に、半導体アンプでは、初段差動回路に流す電流と、初段回路の負荷容量とで決まります。
スルーレートを大きくして、高域最大出力電圧を大きくするには、初段電流を大きくして、位相補償を含む負荷容量を小さくすればよいことが分かります。
負荷容量を小さくすることは、NFBによる発振安定度に関係し、アンプのNFB量、アンプゲインに関係してきます。
一方、真空管アンプでも、初段電流と初段回路の負荷抵抗に並列に付加される位相補償回路で、スルーレートの値は影響を受けます。
スルーレートの一般的な数値とその意味
半導体OPアンプでは、使用する最大電圧が2V以下とか、低い電圧では、スルーレートは1V以下でも問題ない。
高周波領域(10MHz以上とか)に使用するOPアンプで、10Vくらいの出力を必要とするなら、スルーレートが1000V必要なことは分かる。
冒頭に述べたサンスイのダイアモンド回路を採用したAU-D907(100W出力)では、200V/μsでしたから、どの程度の高域周波数が扱えるかを計算してみます。
となり、ものすごい高域周波数能力を持っていることが分かります。
通常の半導体アンプでは10V~60Vくらい。真空管アンプで、3V~10Vくらいが普通です。
ちなみにMASTERS半導体パワーアンプでは40V/μsくらいです。
音質、音調との関連
一概には言えません。
体験的には、低いアンプはしっとりする反面、行き過ぎるともっさり、切れ味鈍いサウンドになりがちです。
そのアンプの最大出力において、その出力電圧波形が三角波になるような現象がなく、1kHzと大差ないひずみ率なら問題ありません。