店長が日々感じたことを、オーディオエッセイ風に綴ります。開発日誌、コラムなど、様々な内容を情報発信しています。

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サウンドとそのポリシー、エンジニアリングと感性の狭間

私は元々、人間好きなせいか、人間心理については昔から興味をもっていたものです。ゼミも、エレクトロニクスの傍ら、進んで別の心理学の先生の指導も受けました。

その関連で、1970年代前半に、一時はやった4chステレオ開発においては、私なりに、特に音の方向性の認知の音響心理実験を随分とやったことを思い出します。
当時は、2chステレオではオーディオ熱が凄かったですから、オーディオの音質評価に関して、計量心理学の手法で、何とか音質の差異を、統計学でいう「有意差」に持ち込もうと、1970年代、オーディオ各社は音響心理の研究を始めました。東芝の厨川さん、松下、日立の中山グループ、などなど。NHK技研も二階堂さんが先頭をきってアクティブに研究していました。

私が在籍していた当時のサンスイでは、各設計グループで、音質検討し、その結果、音質にかかわる設計の配慮をしておりました。
ところが、1975年あたり、オーディオ誌での評論家の音質記事が売れ行きに影響すると考えた経営者は、急に、社内に音質評価委員会なるものを設置したのです。(これは私のつたない連載「日本オーディオ史」のはじめのあたりに記述してあります。)
どうするかと見ていると、同じ音量レベルにして、一対比較法によって、合格・不合格を音質評価委員が下すようになったのです。
こうなると、評価者にとってかなりのストレスになり、短時間の比較はまず無理なことだと、私は思っていました。その結果、出てきた製品の音質は個性のない、魅力のないものになってしまいました。1976年になって、この委員会は廃止され、音質を担当する人間が外部の有識者との意見を考慮しつつ、ブランドの音質を維持・向上してきた経緯があります。手法として、ブラインド・一対比較は避けて、じっくり、聴きこみ、聴き取った感触を確信になるまで、とことん、追い込んだ記憶が蘇ってきます。

最近でも、オーディオマイスター制度を取り入れて、上記の方法を採っている会社もありますが、メーカーという立場があり、ハイエンド・オーディオは我々のようなスモールスケール工房のほうが適性があるように感じています。

また、やはり、オーディオ趣味は、主として西洋音楽を聴く楽しみであるから、センスと音楽的素養は必要と思います。

ちなみに西洋人は、自分達の音楽であるから、ごく自然に評価できるのだと思います。サンスイ当時、イギリスから、評論家マーチン・コラムス氏を招いて、指導を受けたのを懐かしく思います。彼等は石作りの家の伝統から、響きを大事にするし、まず、基本は低音、それも低音の少し上の中低音がリッチであることを重視します。

私も、まず、アンプの中低域の充実さを重視します。それから全体のサウンドバランス、透明感、広がり、弾力性などを改善しつつ整えることをやっております。

エンジニアリングと感性の狭間がオーディオです。これは、ある意味ではオーディオ技術は工芸の域になっているとも言えましょう。裏返せば、科学が解明できないことが、いっぱい、沢山、膨大にあり、そこにヒューマンファクターがキーになるのだと思っています。


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