最近、発売したMCトランス“MASTERS MC-203”が好評です。MCカートリッジは、相対的に大電流・小電圧特性ですので、MCカートリッジの特性を生かし、電流・電圧変換して、フォノイコライザを動作させることが合理的です。
この変換をおこなうのが、MCトランスです。トランスは、原理的にノイズを発生することがないので、S/N比の低下がありません。また、MCトランスの周波数特性はMCカートリッジのインピーダンスに対して、それよりも高いインピーダンスで受けると、低域周波数特性、超低域ひずみがさらに改善されます。さらにMCトランスが低い出力インピーダンスで送りだし、フォノイコライザが高いインピーダンスで受けると、周波数帯域は低域~超高域にまで広がります。MCトランスの設計は最大パワー伝送でなく、電流~電圧変換するものですから、インピーダンスマッチングを取ると、かえって狭帯域になってしまいます。インピーダンスマッチングは最大パワー(電力)を伝送する際には重要ですが、MCカートリッジの場合にはその考えはマッチしません。
さて、“MASTERS MC-203”では、78%のスーパーパーマロイコアを採用していることは、低ひずみをキープする意味からも重要です。それよりも、巻線の太さや、巻線数は、試作や試聴を繰り返す作業から得られたノウハウの世界です。
“MASTERS MC-203”は低インピーダンス(オルトフォンタイプ),中間インピーダンス(オーディオテクニカタイプ),高インピーダンスタイプ(デノン,EMTタイプ)がすべて使えるような設計になっています。
“MASTERS MC-203”では、どのインピーダンスでも、すべての巻線が動作するようなオートトランス式としております。この方式は従来の1次、2次とを分けて接続する方法とは違います(結線図参照)。
この方法の提唱者は故、金子英男(オーディオ評論家)さんでした。1970年代の後半、私はサンスイのプリメインアンプにMCトランスを搭載することを提案し、責任者の了解を貰い、仕様決定を任されました。
そこで、どのようなMCトランスにすべきかをタムラ製作所と相談し、担当のY・Yさんは、コア,コアサイズ,巻数等々、実に30種類以上の試作品を作ってくれました。
ある程度、数種類を選択して、金子さんにアドバイスを受けたところ、いろいろ聴いてみてから、「思い切ってオートトランス式にしてみないか」と提案されました。当時、私は、トランスの特性・設計には、それなりの知識・体験を持っていたので、オートトランスは、せいぜい昇圧比は3倍(10dB)くらいが限界と思っておりました。金子さんは、「1:30以上の昇圧でも理路論的に成り立つから、やってみて!」と言われ、その場でMCトランスの結線を変更して、オートトランス式結線にしてみました。すぐレコードを掛けて、オートトランス式MCトランスのサウンドを聴くことになりました。
その結果は、従来の伝統的な接続よりもワイドレンジ感があり、特に、中高域の見通しがよく、切れ味が驚くほど改善されたように聴こえました。
但し、ヒアリング結果が良くとも、致命的な電気的な欠陥があるといけないので、会社に戻って特性チェックをしたところ、デメリットは見つからず、社内のヒアリング結果においても、“良好!”との感想が圧倒的だったので、サンスイ AU-D607Fシリーズ以降、搭載したMCトランスはオートトランス式結線となりました。
というような背景もあって、“MASTERS MC-203”はオートトランス式結線方式です。このような方式は、1次,2次間の巻線容量、リーケージ・インダクタンスの影響を受けなくなります。また、MCトランスの入力タップ、例えば、低インピーダンス(LOW),中間インピーダンス(MID)巻線は従来の接続方法ですと、巻線が一部、遊ぶことになり、巻線間の結合が悪化します。オートトランス式はそのようなデメリットは生じません。
“MASTERS MC-203”は、しなやかに、伸びやかに、切れ味よく、音場は広がり、低域の迫力も充分で、コーラスのような実演でも混変調を起こしやすいような音源も分解能良好で聴くことができます(例えば、ベートーベンの第九、ベルディの“レクイエム”とか)。
さらに、女性ボーカルも魅力です。本当に久しぶりに、アナログレコードを聴き続けてしまいました。私の持っている代表的MCカートリッジは、オルトフォン MCローマン,SUPEX SD-909,FR、DL103,テクニカ AT33シリーズ等です。
MCトランスは微少信号を扱うので、設置場所の選択にはご留意ください。MCトランスを紙の箱等に入れて動かしてみると、最適の場所が見つかります。特に、電源トランスの近辺、電源トランスから導かれた誘導磁界のあるところは、なるべく避けて下さい。もちろん、電磁シールド・静電シールドを施してあるので、実用上、充分なパフォーマンスは得られますが、できるだけベター,ベストに近いかたちで使っていただければ、最高のサウンドが聴けるはずです。