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オーディオソフトとハードとの狭間で、ずっと思っていること(ジャンルによる録音音源の考察から)

オーディオ装置において、“これは、クラシック向き”とか、“ジャズ向き”というコメントは今でも聞かれると思います。
「良い装置は、どのようなジャンルの音源でも良く聴こえるべきだ!」という意見もあります。このあたりで、オーディオファイルの方はいろいろと悩んだり、喜んだりすることが多いのではないでしょうか?
ここでは、音楽ソフト制作側の事情を少しご紹介します。皆さんのご参考になれば幸いです。

それではクラシック音楽・ジャズ・POPSの録音音源はどう違うのでしょうか?

【クラシック録音音源】

そもそもクラシック音楽は長い歴史があり、適切な会場があれば、生音だけでリスナーは充分楽しむことができるサウンドバランスになっているでしょう。
そこで録音されたサウンドは、ホール、演奏者、録音サイドが異なっていても、いわゆる原音(コンサートホール・サウンド)とみなして、これらのソフトをオーディオ装置で再生すれば、ソフト、ハードの比較・評価はできやすいです。そのことを“原音追究”としても、おかしいことではありません。
クラシック音楽の場合、サウンドはホールにあり、その音場から、サウンドをどうピックアップし、バランスを採るかです。必須事項として、2chステレオの場合、L/Rchの音量差・位相差をどう扱うかが録音のベースです。そのうえで、ホールの間接音をどの程度拾い、クローズアップさせる楽器音をミクシングするかです。
クラシック音楽録音でも、より細部のサウンドを聴かそうとして多くのマイクを使う、かつてDECCA(ワグナーの“リング”録音では20本のマイクを使用)方向もありますが、サウンドバランスの上手さで、さほどの不自然さを感じず、ホールで聴くことのできない細部のサウンドを聴くことが出来る音源もあります。
一方、TELAC録音のように、最適マイクロフォン位置を決めたら3本以内の少数マイクロフォンで鮮明で自然なサウンドを録り、好ましいサウンドバランスを得ているレーベルもあります。
クラシック音楽録音は、それほど異なった録音を行わないので、クラシック音楽を心地良く聴けるようにオーディオハードをチューニングすることはやさしくはないですが、深みにはまることはなく、目標が見えそうなだけに混乱することはあまりありません。従って、“クラシック向け”のオーディオハードはあるし、あって良いと思います。
最近は、録音経費をセーブするために、ライブ録音音源が多くなりました。筆者の経験では、お客さんが入ったホールと入っていないホールの響きはかなり異なり、多くは入らない状態で録音したほうが良い結果が得られます。経費の面で、やむを得ないところもありましょう。
そして、ライブ録音ソフトでは、お客さんのノイズとかをデジタル処理してカットするようなプロセスを施すと、どんどんサウンド鮮度が落ちるのを、生録音現場で体験しています。そのようなプロセスは最小限にして欲しいと思っています。
従って、セッション録音のほうができが良くなります。そうするには、クラシック音源がもっともっと売れないと難しそうです。皆さん、クラシック音楽はお好きではありませんか?
最近、CD売り場でのスペースは狭くなりました。演奏者が小粒になってしまったのでしょうか?

【ジャズ録音音源】

ジャズは黒人音楽とフランス音楽の影響があるといわれています。当然、ジャズの黎明期ではアコーステックな音だけで演奏していました。
ジャズという音楽は、クラシック音楽のようにハーモニーが空間で溶け合ってそこに大きな意味をもたせるよりも、コード進行によるサウンドの掛け合い、ぶつかり合いに意味があります。
更に、ジャズはビッグバンドを別として、大きな会場よりもクラブのようなこじんまりした空間での演奏が主ですから、ライブ録音では、クラシックのようにマイクをセットしてもリスニングバランスが取れないことが多いのです。
何故なら、ドラムスの音はばかでかいし、ウッドベースの音がかなり聴こえにくいからです。
そこで、楽器に近接してマイクをセットして、ミクサがサウンドバランスを調整して、音源として完成させていたのです。
また、録音設備が用意された録音スタジオなるところでセッション録音することも多かったです。当時、名声高いヴァン・ゲルダーのようにスタジオ録音で優れた音源ソフト作る名手もいました。
そこでは、原音が云々ということではなく、そこで創られたサウンドがリスナーにどれだけ感動・喜びを与えられるかが勝負なのです。
基本的には、マイクは楽器に近接して、ダイレクトサウンドを録る。それから、プロデユーサ/デイレクタ、レコーディングミクサ、マスタリングエンジニアなどの技量・センスで再生音楽を創り上げることが勝負になってきます。
従って、元の音にはなかったリバーブ・エコー・ディレイなどの付帯音を、必要に応じて施すことはおかしいことではないのです。おそらく、無処理のサウンドのままであったら、直接音ばかりで、リスナーには心地よく聴こえないでしょう。
ジャズ録音では、このようなプロセスで創られた優れた音源が、そのすばらしい音楽とともに、ステレオ初期1960年代、このようなプロセッサがまだ未熟であった時代でも(テープディレイ・鉄板エコー・スプリングエコー・真空管式コンプレッサ等のアナログ機器)優れた音源を輩出しました。ビル・エバンスとか、オスカー・ピーターターソン、マイルス・デビスなどの優れたミュージシャンの音源を今なお、楽しめるのです。 

【POPS録音音源】

録音機材の進歩は1970年代になって著しく進歩しました。具体的には、マルチマイクロフォンが使用できコンソール(24chとか36chというような)が開発されました。それに伴って、マルチトラックレコーダ(最初は4ch、8ch、そして16ch、さらには24ch)が相次いで開発されました。
そうなると、録音に際しては、楽器にマイクを近接させて、また、楽器相互がかぶらないように衝立とかブースに閉じ込めて、ミュージシャンはお互いヘッドフォンによるモニターサウンドを聴いて演奏することになりました。また、エレキギターがPOPS、ロック音楽では必須となり、エレキギターサウンドはマイクで録音することなく、コンソールにその出力を取り込む(ライン録り)ことにとって、完全に楽器間のかぶりを除去することができるようになりました。
1970年代の録音方式は、2インチ幅の16chないし、24chのマルチテープレコーダ、24インプット以上のコンソールを用意して、まず、リズム楽器(ドラムス、ラテン・パーカッション等)を録音します。それから、各楽器を順番に録音します。録音された各トラック間には何の空間的な結びつきがありません。
その上で、トラックダウンと称する作業で、マルチテープレコーダから再生し、ミクシング行い、始めて音楽の全容がわかるようになってきます。
そのうえで、ミクシング・エンジニアは意図するでき上がりを見据えて、イコライザー、ディレイ、エコー、リバーブ、コンプレス等の加工を加えます。なぜなら、録音された各楽器は近接マイクで録られているので、ダイレクト成分が多く、切れ味とか生音の感じはありますが、潤いに乏しく、そのままではとても気持ちよく聴けない内容であるからです。
この作業で、でき上がった音源の成否が決まると言っても過言ではありません。
筆者もその作業には、この時代、何度も立ち会いました、大変であると同時に花形職業でした。
アメリカのレコード会社では、このようなレコーディング作業にミュージシャンを含めて、2ヶ月くらい篭もって作り上げていました。イーグルスとか、ウエザー・リポート、スティリー・ダンのようなグループもそのようにしていたといいます。
亡くなったマイケル・ジャクソンの録音もこのようにして作られていました。
このような録音方式は、テープ録音し、トラックダウンでダビングするので、1回分の鮮度が失われるのは仕方がありません。従って、今聴いても、同時録音を行う音源に鮮度の高いものを発見することがあります。
また、このように、マルチトラック録音ではテープノイズが一緒にミクシングされますので、それを軽減するために、ドルビーとか、dbxというようなノイズリダクションプロセッサを使うようになっていました。
一方、そのようなプロセスを嫌って、何とか鮮度の優れた音源を得たいとしてダイレクトカット方式が登場しました。シェフィールド・ラボのレコードが評判高かったです。この方式はサウンド的には、アナログレコード制作の上でベストは方法ですが、ミュージシャンへの心理的ストレス(ミスすると、やり直し)から、はやることは無かったです。
そうこうするうちにデジタル録音方式が普及してきて、アナログテープ録音方式は衰退していきました。さらに、近年はマルチトラック・デジタルコンソールが普及して、デジタルミクシングも簡単に可能となったのでノイズが加算されることなくS/N比の高い音源が創りだされるようになりました。
音楽ソフトの大多数を占める非クラシック音楽の音源は、このようにして創りだされているので、そのサウンドを料理に例えれば、クラシック音楽の録音は、素材を生かした“お造り”であり、そのほかの音源は素材にいろいろな加工を施した“フランス料理”のようです。そこでは、でき上がった音源が自分の感性・感覚で判断して優れている(おいしい)と判断するか、つまり、自分の好みに合うかどうか、ということになります。
したがって、そのサウンドの再生面を受け持つオーディオハードの評価は、何かを基準にして評価するということはそれほどの意味をなしません。上記の感受性において行われることになります。いずれにしても趣味の世界ですから、楽しめ、人生を豊かに有意義なものにするものであれば、いろいろあって構わないと思います。

オーディオ黎明期に叫ばれた“High-Fidelity(Hi-Fi)”を追うことは難しいし、リスナーそれぞれが感動・感激・癒しを感じられれば、オーディオソフト、オーディオハードは存在意義があります。そのようなプロセスをご理解いただければ、それぞれのオーディオハードはユーザーにとって、向き/不向きはあると思われます。オーディオ評論家の方々は、そのような状況を理解した上で、読者の方に伝えているように思います。

イシノラボ/マスターズでは、このような状況を踏まえて、皆様が望む多様な感動が受けられるオーディオ・ハードを創ることが使命と思っております。それが、オーディオのプロと認識しております。今後とも、ご愛顧をよろしくお願い致します。


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